パワハラにウソの求人広告……ブラック企業から逃げずに戦った人たち、それぞれの戦う理由

悲惨な労働事情

 映画『アリ地獄天国』では、主人公の男性が過労の末に営業車で事故を起こしてしまった際、実体のない社内の部署に48万円を支払わされるエピソードが登場します。そうした映画の内容から、バイク便の「F」に勤務する鈴木さんもご自身の経験を話します。 「1日に千円も稼げないので、会社に辞める意思を伝えました。そしたら『あなたが働く予定だったこの先3ヶ月分で、1日あたり2万円の違約金と三万円の契約解除手数料を支払ってください』と言われました」  「F」では、正午から午後8時まで拘束されて、収入が1日千円にも満たないということが少なくありませんでした。そのため、辞めたいと申告すると違約金という名目で60万円以上の支払いを命じられ、鈴木さんは「進むも地獄・止まるも地獄」の状態に陥ったのです。
免税店大手

免税店大手に勤務する男性

 一方で大型免税店に努める男性は、他では考えられない店舗展開をする社内の事情を話してくれました。「うちは、誰のアイデアかもわからないまま、ある日突然、店舗がいきなり開店するんですよ。そこの店長として、いきなり経験の浅い若手社員がアサインされたりするんです。そういう店は、当然不採算店舗になるんですが、そうなったらお店の閉店と同時に人も切るんです」  そうして退職に追い込まれた社員が多い中で「私が入社した時から1000人以上が辞めてるんですが、そのうち500人が『自己都合』での退職になってるんです」と話します。これは会社都合で辞めさせると、会社側が厚生労働省からの助成金をもらえなくなるといったことがあるようです。

そして立ち上がる人々

 こうした労働環境に、映画の主人公も、今回座談会に参加した鈴木さんたちも労働組合に加入します。どんな職種の人でも個人で入ることができる労働組合「プレカリアートユニオン」という団体です。
©映像グループ ローポジション

©映像グループ ローポジション

 映画の中では、一人では行動ができなかった主人公が、労働組合の力を借りながら会社と団体交渉を重ねたり、会社前での街宣活動を行う様子が取り上げられます。  大手免税店に勤める男性は「団体交渉を2回重ねました。その結果、全部カットされていた残業代がきちんと出るようになりました。そして基本給の4万円の切り下げについて、私に関しては止まっています」と話します。  交渉によって確実に成果を上げているのです。映画においても、管理職まで任された主人公が、一日中シュレッダーをかけるだけの仕事に配転させられますが、労働組合と根気よく戦いを続けることで復権していく様子が描かれています。さらには、立ち上がったことによって、会社との和解にまでこぎつけるのです。

なぜ「辞める」選択をしないのか

 多くの人は、この映画を見ると「辞めれば済む話」と感じるかもしれません。会社と交渉するのは骨の折れることです。戦わずに転職すればいいと考える人も多いでしょう。  しかし、バイク便の「F」の鈴木さんは、「会社に人権を無視する行動を取られても、戦う気持ちすら奪われているんです。これはもう洗脳ですよ」と、辞めるという選択肢まで奪われてしまう感覚を話してくれました。  一方で大手免税店の男性は「うちでも、他の社員は4万円下げられて、交通費の水増しとかをしながらやりくりしようとしている」という実情を語った上で「正常な判断ができなくなってるんです。正しい方法で戦わなきゃいけないのに」と語気を強めました。

戦いの渦中にいる2人が映画を見て

 バイク便の鈴木さんは、この映画を見た感想を「1人では戦えないんで、ユニオンの仲間と継続するから続けられます。主人公の彼はその強さがありましたね。個人の強さと組織の強さがあれば、どんなブラック企業にも負けません」と語り、自身の戦いへの決意も新たにされたようです。
©映像グループ ローポジション

©映像グループ ローポジション

 また、大型免税店の男性は主人公について「怒りのコントロールが上手だと思いました」と話します。映画ではどんなに不当な扱いがあっても毅然としている主人公の姿が映し出されています。  しかし男性は、続けてこうも話しました。「でもやっぱり人間だなと思うんです。お母様が亡くなられた時も毅然としている彼が、懲戒解雇の時に流した涙。弱っている姿が瞬間的に出るんです。みんなロボットではないなと思いました」。  健やかな生活ばかりか、命まで奪われることさえあるブラック企業での労働。大手企業でさえこれだけ蔓延している事実は、誰も他人事にできないということを示しています。この映画が、今苦しんでいる人はもちろん、それを支える周囲の人や不運にもこの先そうした境遇に陥ってしまった人にとっての、光明になることを願ってやみません。 <取材・文/Mr.tsubaking>
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