コロナ禍の今、あえて映画館でフィルム上映することの意味とは。七里圭監督インタビュー

要素の欠落が想像を生む

――『のんきな姉さん』のスピンアウト作品である『夢で逢えたら』は効果音と音楽のみで構成され、声が聞こえません。そして、『眠り姫』は顔が映らず、『ホッテントットエプロンースケッチ』はセリフがありません。先程のお話にも出ましたが、何かが欠けているのは「想像しながら見る」ためなのでしょうか? 七里:そうですね。映画を見ることは、暗闇に身を沈めてイマジネーションの世界へ飛び立つことだと思っています。だからこそ、その暗闇の中には人の数だけ、想像の数だけ映画があるのではないでしょうか。ところが、いつの頃からか、映画が「ウケる、泣ける、笑える」といった情報を売り買いするサービス業にされてしまったような気がしてなりません。  そういう流れに対する違和感、嫌悪を感じて考えたのが「要素を欠落させる」ことだったんです。普通はあるべきものが無いことで、その欠落を埋めようとして、お客さんが想像してくれるのではないかと。つまり、想像力を働かせるためのスイッチですね。  ちなみに、今回の特集でも上映していただく『あなたはわたしじゃない』を含む『サロメの娘』シリーズは、その逆の発想です。「サロメの娘」というテキストの朗読に、レイヤーを重ねるように、一度に受け止めきれないくらい過剰な要素を重ねているので、逆に、想像しながら映画を見るしかない状態になるのではないかと。  しかも、同じテキストの朗読を使って3本の作品を作りました。この「過剰にする」戦略は、デジタル文化批判の意味も込めています。動画配信も全作品していますので、ご興味を持っていただけたら、ぜひ見て欲しいですね。全部一気に見れば、自分だけの一つの物語が浮かび上がるかもしれません。

「真っ当」を描く山本直樹作品

――『眠り姫』は山本直樹さんのマンガが原作ですが、元々は内田百閒の『山高帽子』ですね。 七里:内田百閒の『山高帽子』は鈴木清順監督の『ツィゴルネルワイゼン』(80)にもいくつかエピソードが引用されている作品ですが、百閒が海軍機関学校で教官をしていた頃の同僚だった芥川龍之介が自殺した事件をモチーフにしています。山本直樹さんの最大の発明は、原作では男性である青地(百閒がモデル)を女性にして、中学教師の話に設定を変えたことだと思います。それによって、現代性を帯びたのではないかと。  この作品は、幻聴がテーマですが、女性の生き辛さについても意識しながら作っていました。当時は、グラビアやアダルトビデオ、メイドなど、女性が男性に消費される対象としての役割を担わされることが今よりも顕著でした。見た目や体形が価値基準になっていたり、結婚や出産をしなくてはならないというプレッシャーもあるだろうし…。社会にストレスを感じているのは、やはり男性より女性なんじゃないかと。  そういう意味で、主人公を、つまり自殺する野口(芥川がモデル)ではなく、青地を女性にしたというのもさすがですね。破綻しないままストレスと共存するのも女性なのかもしれませんね。
のんきな姉さん

のんきな姉さん(2004)

 今年の3月頭、まさにコロナの感染拡大直前のベルリンで『眠り姫』を上映したのですが、そのとき見たドイツの映画批評家が、ロックダウンした後に「コロナで街から人が消えた今、この映画は自分たちの状況と重なるものがある」という内容の英文批評を書いてくれました。この作品はもう15年以上前に作ったものですが、この頃抱いた人間や社会の行く末への不安感や問題意識は、今にも通じるものだったのだと改めて思いました。 ――『のんきな姉さん』も『眠り姫』も両方とも、あさま山荘事件を描いた『レッド』などで知られる山本直樹さんの原作ですね。 七里:山本直樹ファンですから(笑)二本も原作で撮らせていただき、ファン冥利に尽きます。山本さんの描くエロ漫画は、インモラルで良識に反する「不届きな」世界ですが、モラルや良識と呼ばれることを鵜呑みにするほど「不届きな」ことはないのではないかとも思います。  そして、山本さんは、反社会的であることがカッコいいと、鵜呑みにしていた世代に対しても冷静です。そういう価値観とも少し距離を置きつつ、しかし、世の中の規範に対して疑いを持って、我が道を進んでいらっしゃる。とても真っ当だと思います。
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「デジタル化で人間のようなものにされてしまう」
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●下高井戸シネマ 七里圭監督特集 のんきな〈七里〉圭さん
10月24日(土)から30日(金)まで
劇場HP
http://www.shimotakaidocinema.com/schedule/tokusyu/kei.html
公式HP
http://keishichiri.com/jp/events/nonkikei/
予告編
https://youtu.be/Xrx5K4zTVWM

●音から作る映画シリーズ一挙配信中
『映画としての音楽』『サロメの娘 アナザサイド(in progress)』『アナザサイド サロメの娘 remix』『あなたはわたしじゃない』
U-NEXT、Amazonプライム、iTunes、RakutenTV、GooglePlayにて

●最新作・映画版『清掃する女』追加上映
11月3日(祝)@三鷹SCOOL
http://scool.jp/event/20201103/