マルホウル監督は、本作の子どもが過酷な状況に置かれ続けてしまうことに対して、「複数の心理学者は、子どもたちは、大人よりもはるかに簡単に困難な現実を受け入れると結論づけている」と述べている。その理由の1つは、「大人は過去の出来事からはるか先の未来を想像できるが、子どもは数日先までのことしか考えられないから」だそうだ。
この言葉から連想されるのは、アニメ映画『
火垂るの墓』(1988)だ。こちらでは、14歳と4歳の幼い兄妹が、戦時中の「お国のために一致団結する」という“全体主義”に反旗を翻すように、壕で2人だけで暮らすという決断をしてしまう。兄には「艦隊で戦っている父が生きて帰ってくる」と希望があったために、「短い間だけ幸せに暮らせる」選択をしてしまった。そのことが悲劇につながる物語でもあった。
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『異端の鳥』の主人公の少年も、同様に「父と母がいつか迎えに来てくれる」「いつか家に帰れる」ことが希望になっていたのだろう。それ以上に、大人のようにはるか先のことを想像できなかったからこそ、子どもである彼はどれだけ苛烈な体験をしようとも、それを受け入れ、絶望せずに生きることができた、とも考えられる。
『異端の鳥』の物語の過程および結末は『火垂るの墓』とは全く異なる。だが、どちらも「(戦時中の)過酷な状況に置かれた子どもが持つ希望」と、その心理について、重要な知見を与えてくれるのだ。
『異端の鳥』では余分なもの(演出)が極限まで排除されている。独白や説明的なナレーションはなく、BGMさえもほとんどない。全編モノクロームの映像はただ美しいと感じると同時に、その
“色彩のなさ”こそが少年の旅路の過酷さを如実に表しているようにも見える。
また、劇中の物語の舞台は「東欧のどこか」というだけで、明確な場所は設定されていない。ドイツとロシアの兵士は母国語で話しているが、その他の部分では人工言語のスラヴィック・エスペラント語が話されている。これは「
特定の場所に物語の国民的アイデンティティを持たせたくなかった」というマルホウル監督の意向によるものだ。
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さらに、マルホウル監督は「(この名作小説の映画化で)
私が目指したことは、主人公が経験する度重なる人間の魂の闇のまさに中心へと導く一連の旅を、絵画的に描写することだった」とも語っている。
その狙い通り、情報や演出を最小限にすることで、本作は絵画のような美しさと、人間の根源的な行動原理をセリフに頼らずに”画”で見せるという豊かさも備えている。場所を特定しなかったことも、「
世界中で起こっていたことだ」という普遍的な寓話としての強度を増しているのだ。
なお、本作は最終的に計11年もの時間をかけて完成した労作でもある。原作小説の作者であるイェジー・コシンスキの文化的遺産の権利の習得には22カ月をかけ、17のバージョンのシナリオを用意するまでに3年、資金調達に4年をかけ、さらに撮影に2年を費やしているのである。
それだけの製作までの歳月と、子どもの地獄の旅路という体験に見合った169分という上映時間も、本作には必要不可欠だった。ぜひ、劇場でどっしりと腰を据えて、深い余韻を残す結末まで、見届けてほしい。
【参考記事】
『異端の鳥』監督が語る、発禁書を映画化した理由 i-D
ホラーより“怖い”映画「異端の鳥」 あなたは最後まで見続けられるか? 産経ニュース
<文/ヒナタカ>