なぜポーランドの映画業界は日本人監督の作品を支援したのか? 東欧で活躍する映画監督・水谷江里氏に聞く

 ガラパゴス化が叫ばれて久しい邦画界。邦画がかつてのような質と勢いを取り戻すには、いったい何が足りないのか。前回に引き続き、欧州最高峰の映画学校を卒業し、日本〜ポーランドで製作を続ける水谷江里監督に話を聞いた。

海外で人気の日本人監督は誰?

現場で演出をする水谷江里監督 ——前回は主にポーランドでの生活や映画教育について話を聞きましたが、今ヨーロッパではどのような日本人監督が注目されているのでしょうか。 水谷江里氏(以下、水谷):「まず一般的にある程度のレベルまで名前が知られているのは宮崎駿監督ですね。その次に映画好き、映画人の間で知られているのは是枝裕和監督。より一般的なレベルまでいくと黒澤明監督とかになっちゃいますね。あと三池崇史監督や北野武監督もいますが、この人たちについてはすごく限定的・熱狂的なファンの間での知識でしかなくて、本当に映画人の間でも「誰、この人?」って言われることが平気であります——それは悲しいですね……。 水谷:「要はコンスタントに映画祭に出ていないし、実際に公開されてもアジアン映画祭とかそういうカテゴリーになっちゃう。そうなると、その場にはアジア映画ファンしか来ないわけで、そういう意味では誰が監督として有名かっていうと依然として黒澤明溝口健二小津安二郎……ハイ終了みたいな。あとシネフィルや古い映画が好きな人の間では大島渚監督とか。ウッチ映画大学の授業でも観ました」 ——「日本人の監督を知ってる!」となっても、現役感はないですよね。 水谷:生きてる人はいない……(苦笑)。例えば、ポーランド映画って、ある一定の大きさの映画祭になると必ず何本か出ているんですよ。特にポーリッシュ・フィルム・インスティテュートはヨーロッパでは力を入れていて、若手支援もしている。そういう働きのおかげで、映画祭でも常にある一定の存在感があるんです。数年に一回は必ずヨーロッパの映画賞の上位には食い込んでくるし、アカデミー賞でも何かしらは毎年ノミネートの最終選考まで入るレベルを保っています」 ——単発では日本映画も海外の映画祭で賞を獲ることはあります。これを継続していくには、毎回露出し続けることが大事なのでしょうか。 水谷:「そもそも映画を作るプロセスが全然違いますね。私は今、長編デビュー作の製作で動いていますが、政治力、実力の伴った政治力が必要で、企画段階でいろんな映画祭のコンペにピッチング(企画提案会議)をするんです。映画祭同士でもコネクションがあるので、とある映画祭のディレクターが別な映画祭のコンペで審査員をしていたり。  それはいい面も悪い面もありますが、他の国の人たちは企画の段階から作品を提示して、ブラッシュアップして、国際的にいろんな価値観を持った人たちの目に晒されてそのうえでいい映画にするというプロセスを経ているわけです」

企画段階で差がつく最高峰の映画祭

——企画の段階から大きな差がついているんですね。 水谷:「さらにこれが重要なのですが、製作段階から何かしらプレゼンをするということは、完成したときに印象に残っているわけです。『●●から支援を受けて、××映画祭のピッチングで勝っている』となると、それだけ作品としての経歴があって、応募に関しても映画祭側から誘いがきます。『応募料金はナシでいいので出しませんか』と」 ——受賞するまでのハードルをひとつクリアしているということですよね。 水谷:「いろんな映画祭にアプライするにしてもお金がかかります。また、300〜400本という作品が集まるコンペで、そういうプロセスを経てる作品と、完成してぴょんと出てきた何のコネクションもない作品と、人はどちらから観たくなるかという問題もありますよね。公開前から噂になっていた作品か、それとも名前も知らないような作品か。こう言うのもなんですが、100本、200本の作品を観て、疲れた状態で面白いかどうかもわからないような作品が判断されるわけですから」
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後押しのない日本映画は存在感を残せるのか
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