若手起業家やスタートアップを支える夢のEU補助金。影には悪夢を見る下請け企業も

一銭も報酬が支払われない悪夢

 夢のように思える支援プログラム……。こうした補助金が起業やイノベーションを後押しし、経済を活性化させることは間違いないだろう。  しかし、EUによる補助金が、すべてのケースが成功しているわけではないことも知っておかねばならない。  例えば、テレビや映画、自治体のイベントや公共交通機関向けに音声やナレーションを録音している、スタジオ経営者のPさん(男性・29歳)は、こんな目に遭った。 「EUからの補助金で起業したスタートアップの仕事を受注したのですが、期限を過ぎて数週間経っても報酬が支払われていません。プロジェクトの入札に勝って予算は降りているのでお金はあるはずなのですが、何か別なことに使ってしまったのか、予想以上に経費がかかったのか……」  Pさんのスタジオはすでに録音を終了させ、データも納品しているが、依然として一銭も振り込まれてはいないという。 「EUの補助金に対しては広く門戸が開かれていますが、こうした状況への処罰も非常に厳格です。支払いの遅延に対しては、一日ごとに50ユーロ(約6000円)、その後は100ユーロと延滞金がかかってきます。こちらとしては、遅くなればなるほど報酬が上がっていきますが、当面、手元にお金が入ってこないのは困ります。このままでは弁護士なども挟むことになると思うので、その手間や費用もバカになりませんし……」

目の前の経営が危機的状況に

 夢のような報酬が手に入るはずだが、「今そこにある危機」に苦しむ、スタートアップの下請けは少なくない。建築スタジオを営むKさん(男性・35歳)もその一人。 「大型集合住宅の設計を受注したのですが、コロナウイルスの影響で現場の各地で作業が滞るようになってしまいました。完成しないことにはお金が入ってこないので、下請けの我々も当面の費用を投資することに……。経営は火の車です。とはいえ、いまさら抜け出せば、こちらがすべての責任を負うことにもなりかねない。ひとたび完成すれば大きな額が振り込まれるのですが、それまではカツカツですよ。コロナショックの第2波で状況が悪化すれば、プロジェクト自体が吹き飛んでしまいかねない。日々、戦々恐々としています」  なんと、EUに補助されている企業を下請けがまた補助する……という歪な状況が生まれているのだ。  今回、取材に協力していただいたPさん、Kさんも含め、スタートアップ企業やその下請けには20代後半から30代中盤の人々が大勢いる。当然、経営力や持続力は老舗企業に比べると劣ってしまう。誰もが予期しなかったコロナウイルスの影響も深刻だ。  かといって、大企業ばかりを優遇していては、経済の活性化やイノベーションは難しい。こうしたジレンマは今後、支援プログラムの変更などによって解消されていくはずだが、現場に立つ若手経営者たちは苦境に立たされている。日本でも中小企業の支援活性化が叫ばれているが、EUの現場からは酸いも甘いも学ぶことが多そうだ。 <取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン
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