愚かな為政者の失政は、優れた専門家集団の統計も予測もぶっ潰す

人間の意思による愚行(善行)とその結果は予測できない

 現在トランプ大統領本人による排斥によってホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースによるブリーフィングは実施されなくなっていますが、かつては毎日と称して良い程にペンス副大統領同席でファウチ博士、バークス博士などによりホワイトハウスにて開催されていました。その中でIHMEによる予測は頻繁に使われていました。  IHMEによる予測で「秋の波」が現れ、報じられたのは、2020/06/11が最初*です。6/10更新の予測に関しては、「秋の波」についてIHMEがプレスリリースをだしています***。6/11ですと、既にトランプ政権により時期尚早な経済再開が開始されて1カ月近く経過し、5/25のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)で多くの人がレジャーに繰り出し、この前に多く行われた卒業式もあってファウチ博士らが「このままではたいへんなことになる」と警告を連日発していたときでした。 〈*2020/06/11朝の CNN New Dayで報じられたIHME予測(2020/06/10更新)筆者ツイートより 〈**IHME models show second wave of COVID-19 beginning September 15 in US 2020/06/11 Institute for Health Metrics and Evaluation
合衆国における百万人あたり日毎新規感染者数推移(2020/03/01-2020/06/15線形ppm)

合衆国における百万人あたり日毎新規感染者数推移(2020/03/01-2020/06/15線形ppm)
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 合衆国における第一波パンデミックから2020/06/15までの新規感染者数の推移を見ますと、5/25-29の間に新規感染者数が最低値となり、高いベースラインのまま反転上昇しています。従って遅くとも5/11には実際の感染者の増加が始まっていることになります。面白いことにこれは本邦と全く同じで、これまで繰り返し指摘してきたように本邦での第二波パンデミックの始まりは5/11頃で、それが統計に表れたのは5/24日前後です。  この同時期の欧州の10倍を超えるベースラインの高さは、たいへんに危険で、次のパンデミックの規模が大きくなりますし、対応時間も取れなくなります。  筆者は、2020/05/12に次のように発言しています*。 “合衆国のロックダウン解除は、全人類にとって最高の教材になる。だからみんな注目しよう。午後10:12 · 2020年5月12日”(筆者Twitter  案の定、第二波パンデミックが発生し、8月になり漸く減少に向かわせることができましたが結局終息には至らずベースラインを65ppmから105ppmに跳ね上げさせ、「秋の波」第三波を迎えようとしています。  繰り返し指摘するように、この合衆国の失敗は、謎々効果によって規模こそ違いますが本邦と全く同じ時期に同じ理由で同じ推移をたどっています
合衆国と日本の百万人あたり日毎感染者数の推移(7日移動平均 片対数 ppm)

合衆国と日本の百万人あたり日毎感染者数の推移(7日移動平均 片対数 ppm)
謎々効果により本邦と合衆国のパンデミックの規模には数十倍の差があるため、片対数表示を用いている
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 ここで疑問です。IHMEは、9月に発生するとしていた「秋の波」を予測できたのに、目前に迫っていた6,7,8,9月に合衆国を混乱と停滞に突き落とし、多くの命を奪った第二波を何故予測できなかったのでしょうか。  予測はあくまで死者数、感染者数の推移に基づいた数学的なものであり、過去の統計から算出されたその延長でしかありません。「秋の波」は、過去の経験から補正項や補正係数を組み込む半経験的手法により予測されていますが、やはり数学的な処理に基づいています。  従って、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家の全員が大反対する中、為政者が強い意志を持って介入の撤廃をし、経済再開を強行するという人間の意思に基づく行為(愚行であったり善行であったりする)は予測できません。仮に目の前で進行していても、それによって予測モデルを修正することはないです。  結果として、合衆国や本邦において行われた政治的意思決定による時期尚早な介入の撤廃=経済再開の様なことが行われた場合、予測は大きく外れることになります。残念なことに合衆国、本邦において行われた政治判断は、大失敗に終わり、本来は無いはずだった第二波パンデミックを6月から発生させてしまいました。  勿論、統計の変化を取り込むことで、時間がたてば予測は正常化しますが、パンデミックにおいて統計は必ず週単位で遅延するために予測が現実の傾向(トレンド)の変化に追従するのに時間がかかります。この時間が大きいために予測が外れ続けているように見えてしまいます。  この想定外のトレンドの変化に予測が追従するまでにかかる時間を筆者はこれまでの観察から三週間から四週間と考えています。  統計に表れる想定外のトレンドの変化は、人間の意思、気まぐれによるものが合衆国と本邦で現れましたが、ほかにも天災などの大規模な自然現象なども含まれます。また合衆国や本邦で見られた政府方針の変化だけでなく、韓国で光復節である8/15に発生したサラン第一教会によるソウル市での5万人大規模ゲリラ集会も該当します。  統計のトレンドの変化、突発的な統計の激変への予測の脆弱性は、当然起こりえることですが、過去一ヶ月間IHMEほか六種類の予測、評価を観察し分析し続けた結果、「長期予測は統計の大きな変化や質の低い統計に対して脆弱だな」というのが正直な感想です。  なぜトレンドの大きな変化への3〜4週間の遅延が生じるのか、どのように生じるのかについては、次回以降に論じます。統計のトレンド変化に対してどのように追従が遅延するのかを理解すれば予測をより有効に利用できるようになります。

合衆国では大いに活用できた筈のIHME予測

 IHMEによる合衆国の第一波パンデミック予測は、4/1時点で対策した場合(介入した場合)の犠牲は8/4までに10万人から24万人というものでした。筆者は合衆国におけるパンデミックの推移について文献や統計とは別にCNNを放送中は付けっぱなしにすることで、この8か月の間見ていましたが、少なくとも5月末までは低位予測(8/4迄に10万人の犠牲)に近い推移であったと考えていました。6月下旬になり、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家達や地元政府が大反対する中、6/21にオクラホマ州タルサでノーマスクの大規模政治集会をトランプ氏と共和党が開催した*直後から南部バイブル・ベルト州から西海岸にかけてパンデミック第二波が指数関数的増加として誰の目にも明らかとなり、予測から現実が大きく上方に外れ、ニューヨーク州などの一部の東部州を除きそれまでの努力の成果を根こそぎ吹き飛ばしてしまいました。 〈*TikTok Teens Tank Trump Rally in Tulsa, They Say 2020/06/21 The New York Times:筆者は、現在米中経済摩擦の大きな争点となっているTikTokについては、タルサでの集会でTikTokユーザ(合衆国の若者)にイタズラされバカにされたトランプ氏の復讐であろうと考えている。それほどにTikTok米中経済摩擦は理屈が通っていない〉  合衆国の場合、折角予測の良いシナリオに低位で合致していたのにそれをパァにしてしまったのですが、予測と実績が乖離し始めた時点で、何が原因かを分析し、政策にフィードバックすれば第二波パンデミックは防げました。当時、ファウチ博士らホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家集団は、5月の時点でこのままではたいへんなことになると警告を発し続けていたのです。予測と実績の目に見えるほどの大きな乖離はそのあとで生じています。この乖離が生じた時点が折り返し不能点目前であり、この時点で政策を修正していれば第二波パンデミックは小規模で制圧されていたと考えられます。  予測は眺めて一喜一憂する掛け軸ではないです。活用せねばならないのです。
IHMEによる2020/0510予測(上)と2020/06/08予測 項目は日毎死亡数

IHMEによる2020/0510予測(上)と2020/06/08予測 項目は日毎死亡数
6/8予測では裾野を引き上げることで対応しようとしていることが分かる。本来、この時点で政策の誤りを認め、政策を修正すべきであった。
Youyang Gu氏によるIHME予測批判の中にあるもので、強調などはYouyang Gu氏によるもの。Youyang Gu氏による批判は必見である
出典:Youyang Gu氏

 図のように予測と実績が乖離始めた場合、予測は数値モデルで対応できる範囲で修正を行います。IHMEによる予測の場合、予測側(未来側)の裾を持ち上げる形で対応を続けましたが、実績が激変する場合、統計の遅延や数式の対応範囲などから補正の限界に達し、予測は破綻します。人の気まぐれや意思によってトレンドが激変すると予測は対応できません。  本邦と異なり合衆国には優れた真の専門家集団が充実しており、実用の域にある予測も複数あったにもかかわらずそれらを無視した為政者による大失政の結果が合衆国における第二波パンデミックであり、現在の死亡者数20万人のうち10万人の犠牲であると言えます。  予測も専門家も、為政者が誤れば役に立たない典型例で、専門家が専門と学問を裏切らない限り(嘘をつかない限り)失敗の責任は為政者にあります。
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ホワイトハウスのラスプーチン
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