©2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
9月25日より中国・フランス合作の映画
『鵞鳥湖(がちょうこ)の夜』が公開されている。本作は『薄氷の殺人』(2014)が第64回ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞と男優賞をW受賞するなど高い評価を得た、ディアオ・イーナン監督・脚本の最新作だ。
まず『鵞鳥湖の夜』で特筆すべきは、そのロケ地。物語の設定上は中国南部となっているが、実際には湖北省武漢市で撮影が行われている。
もちろん、それは新型コロナウイルス発生より前の話であり、たまたま「コロナ感染を世界で初めて確認・ロックダウンをした場所で撮影された」ということに過ぎない。だが、雑多な印象の裏道、夜にネオンが輝く街の光景は、今に観るとまた別の意味を伴っているようにも思える。
その武漢の街を体感するだけでも大きな価値のある『鵞鳥湖の夜』は、古き良き“フィルム・ノワール”の“らしさ”を打ち出していること、『パラサイト 半地下の家族』(2019)に通ずる格差社会の風刺という点でも、見応えのある作品だった。具体的な魅力を以下に記していこう。
刑務所を出所したばかりの男チョウは、古巣のバイク窃盗団の縄張りをめぐる揉め事に巻き込まれ、その逃走中に誤って警官を射殺してしまう。そのためチョウは全国に指名手配されてしまうが、自らに懸けられた報奨金30万元(約400万円)を妻のシュージュンと幼い息子に残そうと画策する。その時に現れたのは、妻の代理だと言うアイアイという女だった。
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簡潔に物語をまとめるのであれば、「指名手配された男が、謎の女との逃避行をする」というもの。これだけなら、わかりやすいサスペンスにもできそうなところだが、実際の本編では「よくわからない」「どういうことだ?」と、困惑してしまう状況が続く。
例えば、若者たちが光るブーツを履いて踊っている、夜の動物園に潜むトラやゾウなどの動物が映る、暗い湖の向こうに車のライトが見えるといった、その意図がすぐには理解しにくいシーンが多い。これらはストーリー上に直接関係ないようでいて、暗に登場人物たちの心情を示しているようでもある。
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加えて、チョウの報奨金を狙う(または捕まえようとする)男たちが入り乱れての攻防戦が繰り広げられるのだが、それらの状況の説明はごく最小限で、映像およびその行間でのみ語られている。そのため、何となく観ているだけでは、彼らの動向を追いにくく感じるのかもしれない。
キャラクターそのものは、“猫目”と“猫耳”と呼ばれるチンピラ兄弟、スゴ腕の警察捜査隊の隊長、風俗商売を仕切っている男など、クセの強いメンツが揃っている。彼らの特徴や言動をよく確認しながら観たり、前もって公式サイトの人物相関図を頭に入れておくと、より理解はしやすいだろう。
そんな風に「わかりにくい」という印象が先立つ『鵞鳥湖の夜』だが、それは欠点ではない。むしろ、わかりにくいことこそが、「迷宮に入り込んだような」魅力に直結しているということが重要だ。
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何より、劇中では夜間シーンが大半を占めており、それぞれが極彩色のライト、蛍光のネオンサインなど、光と影の強烈なコントラストが際立つ画で構成されているため、それぞれが悪夢的かつ幻想的で、「まるで迷宮」な怪しいムードに満ちている。
この「まるで迷宮」な画が、「わかりにくい」内容に絶妙にマッチする。警官を誤って殺してしまい、指名手配をされ、明るい未来など待ち受けているはずもない男が、謎の女と出会い、怪しい“鵞鳥湖”の夜の闇に溶け込み、逃げ場のない迷宮に囚われているような感覚……その翻弄されるかのような、混沌としているかのような、やはり“迷宮感”と言うにふさわしい面白さがあり、それを楽しむのが、この『鵞鳥湖の夜』だ。