コロナで始まった欧州での職人生活。リノベーションや文化財の修繕で感じたこと

まさに「アート」な文化財の修繕

文化財の修繕の様子 一方、文化財の修繕だが、こちらはテナントが入っていたり、住民が普通に暮らし続けていることも多い。自治体などの補助金が注ぎ込まれるため、美大などを卒業し、修復士を生業にする人は少なくない。こちらも住宅の種類としてはカミェニツァが多く、そのほかには教会なども修繕対象としてはポピュラーだ。  文化財の修繕で重要なのは、やはり窓や扉天井などの飾りつけ。運び出せるものは修繕士の工房に移され、数百年前と同じ状態になるよう、ミリ単位の繊細な修繕作業が行われる。  壁や窓などに造られたレリーフなど、運び出すのが難しいものは、現場に足場を組んで修繕。欠けた部分にコンクリートなどの資材を塗りつけては、コテや鑿などで形を整えていく。さらにヤスリなどで元あった部分と断面が生じないようならし、ハケで欠けたコンクリ片や埃をはらう。絵画などの修繕と同じように、細心の注意をはらいながら作業を進めていくのだ。

文化や職人がないがしろにされる日本

 素人の筆者は運ぶ、壊す、塗るといった単純な作業をこなすことが多いが、身を以て歴史の「重さ」を感じている。  多くの歴史的建築物があることからもわかるとおり、日本でもリノベーションや修繕作業を繰り返すことで、長きに渡って住宅を維持することは可能だろう。しかし、国や自治体、大家や住人の財力、建物を文化として捉える意識、そして何より現場で働く作業員や職人たちへの敬意や報酬には、欧州と比べて大きな隔たりがあるのではないだろうか。  新国立競技場ひとつとって見ても、アイコニックな建物は取り壊され、まるで違った姿で生まれ変わり、仕事は次々に下請けに任され実際に現場で働く作業員は過酷な環境に置かれている。  日本には優れた建築技術があり、筆者が現場で作業をしていても、これまで日本人の自分ですら聞いたことのなかったような建造物が非常に高い評価を得ている。では、なぜそういった建物は老朽化するとともに取り壊され、職人たちは薄給で酷使されなければいけないのか。遠い異国の地で、我々が日頃「当たり前」だと思っていることについて考えさせられた。 <取材・文/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン
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