「コロナで大変な状況になりましたが、身近な方やネットを通じた方々にご支援いただき、未来に向かって歩けるようになりました」と語る酒井倫子館長
――コロナの不安の中、他人より自分を優先するようになって、自分から遠いものや見えないものへの想像力が欠けて、人間関係が狭まっているように感じますが、どう思われますか。
いせさん:その想像力を取り戻すのに絵本が良いのです。本の内容と、本を読む・読んでもらうという行為・空間が大切だと思います。
最近は自然によく似せた人工物をもてはやしたり、かっこいいと考えたりする風潮があります。でもそれはかっこ悪いことなんです。
人間も自然の一部であるという当たり前の自覚が薄れ、人間が知恵を出してやってきたものが軽視されるようなこの何十年かのIT時代のあり方を疑うことが必要です。
「自分は古臭くてもいい」と平気で言えるようにならないと、これからたいへんなことになると思います。
コロナでもそうですが、上からの命令をそのまま聞いて動くことを疑問視したほうがよいと思います。
私たちは、便利に慣れすぎて考えたり工夫をしたりしなくなってきています。
人間はお互い接触するのが当たり前の動物なのに、それが断ち切られている不自然を疑わなければならない。国の言うことを従順に聞くだけではなく、自分を信じて知恵を絞れば何かできるはずです。
「自分のことを信じられない」というのは、「自分を愛せていない」ということだと思います。今の時代、誰も自分の愛し方は教えてくれません。他者のことを想像し、愛するためには、まず自分のことを愛せていないとなりません。自分の愛し方を学ぶために、若い世代とともに豊かな内容の本を読んだり、映画館や美術館に行ったりすることが大切だと思います。
不安の中でも、少しでも心が躍るようなものに触れたい
――多くの文化施設がいま、苦境に立たされていることについてどう思われますか。
いせさん:私は毎夏、この「森のおうち」で展覧会を行うことは決めています。コロナの影響で「森のおうち」が苦境に立たされたので、自分は本と絵で協力したいと思いました。できることなら大きな金額で協力できたらと思い、サイン本のほかにタブロー(パネル画)を3枚、古い作品ですが良いものを販売しています。
私は今でもチェロを弾いていますが、ある時期チェロと音楽をテーマに原画展をやりました。その中から選んで出品しています。ぜひ気に入っていただけたら、その売り上げは「森のおうち」の支援になります。どうぞよろしくお願いします。
いせさんが「森のおうち」支援のために提供した原画『サンサーンスのチェロコンチェルト』(税込み48万円で販売中)
『バッハのアリオーゾ』(税込み48万円で販売中)。販売中の原画は、額装・材料費・梱包・発送費を差し引いた全額が「森のおうちに」寄付される
『音楽』(売却済み)。販売中の原画については、「森のおうち」へお問い合わせください
2011年2~3月に、世田谷文学館で私の作品の集大成的な展覧会をやっていました。その期間中だった3月11日に、東日本大震災が起きました。幸いにも作品に被害はなかったので、すぐに展覧会を再開しました。
こういう時だからこそ、美しいものを見たいという人がいるだろうという思いでした。
そうしたら震災から数日後、千葉で液状化の被害を受けた方が「美しいものを見たい」と、杖をついて展覧会にいらっしゃいました。展覧会の後半は大盛況でした。
「不安の中でも、少しでも心が躍るようなものに触れたい」というのは人の常であるということが、この3.11の体験でわかりました。
今もまさにそうです。コロナ禍の中で、人はよりリアルなものの大切さを実感してきています。
リモートやバーチャルで何とか対応しようとしていますが、やっぱりリアルなものや体験にはかなわない。厳しい状況ではありますが、工夫をしながら少しずつリアルなもの・体験を取り戻していく必要があると思います。
そうしたものに出会える文化施設は、人が生きていくためにとても大切な役割を担っているのです。
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「森のおうち」だけでなく、コロナ禍の中で多くの文化施設が苦境に立たされている。展覧会や公演などが中止となってはじめて、その大切さを痛感した人も多いことだろう。コロナが収束するまでそれらの文化施設を支えるために、今後どんな支援ができるのかを考えていきたい。
<文/鈴木麦 写真/ウォンバット北村>