私はそんな悲しみの中で、何とか本物の幼い子の微笑みを見たくて産院に通い、たくさんの赤ちゃんをスケッチしました。
幼い子の微笑みは、まだ言葉を知らない人間の“最初の表現”なんです。『幼い子は微笑む』は、宇宙から生まれた赤ちゃんは、泣くこと、黙ること、人を見つめることを覚え、微笑みを覚えていくという詩です。宇宙から……というのは、私の解釈です。
できなかったことができるようになっていく。しかしその後、
「人はことばを覚えて幸福を失う。そして、覚えたことばとおなじだけの悲しみを知る者になる」と、人生を否定するかのような表現がくるんです。
本当に深くて重い、長田さん独特のストーリーです。ただそのまま絵を描けばよいというものではなく、一筋縄ではいきませんでした。
『幼い子は微笑む』の中に、せっかくつくったタンポポの冠が川に流されるという“初めての喪失体験”の絵があります。これも自分が子どもの頃に体験したことです。
人は体験したことしか表現できないのです。
「ひとはみんな自分の名前に出会うために生まれてくるんだ」
美術館の吹き抜けにそびえたつような大樹のタブロー。ホールには天窓から光が入り、まるで木漏れ日のよう
自作の絵本
『絵描き』(平凡社)の中でも、
「きょうの記憶をしまっていたら、きのうの記憶がふとよみがえる」という言葉があります。絵本を作るときに記憶(体験したこと)を大事なものとしていたことが、自分でもよくわかりました。
今の時代、あちこちでとんでもないことが起きているけれど、空は繋がっています。自分かいろんな記憶(体験)を持っていたら、どんなふうにでもそれを繋げて一歩前に進めるんじゃないかなと思っています。
私の娘が20歳くらいの頃、彼女の友人たちはみんな自分探しでくたびれていました。それを見て
「絵本って子どもだけのものではない、その子たちに絵本を手渡したい」と思って『絵描き』を描きました。
「自分で歩いていけば、必ず切り開ける」ということを伝えたかったのです。
『風のことば 空のことば 語りかける辞典』では、長田さんは『語りかける辞典』というタイトルしか残してくださらなかったので、長田さんはどんな本を作ってほしかったのかを探るのがたいへんでした。「辞典」というのだから、あいうえお順に「朝」とか「ありがとう」とかの項目を作って分けてみたり、すべてのページに絵を入れてみたり……編集担当の方とふたりで、あれこれ悩みながら作りました。
「自分」の項目では
「ひとはみんな自分の名前に出会うために生まれてくるんだ」という詩があります。災害や事件が起きるたび、人の死が単なる「数」として表現されています。コロナが流行して、特にそうなってきています。
でも人って、ただの数字ではないんだということをこの詩は教えてくれます。