多様性を推し進めるアカデミー賞の新基準。「映画が変わってしまう」という批判の愚

観客が目にするポスターや宣伝も変わる?

 そして、最後の基準Dは我々観客に直結する内容となっている。近年、邦画界、そして広告全般においても、偏見が感じられるようなマーケティングや宣伝が炎上することが増えているが、この基準はそういった「宣伝側のマジョリティの思い込み」を防ぐことにもなりそうだ。 ●基準D:観客開発    基準Dを満たすには、下記の基準に該当すること。  ▼D1・マーケティング、宣伝、配給においての表現   スタジオもしくは映画会社のマーケティング、宣伝もしくは配給部に、下記のグループに該当する複数の上級管理職がいること(また人種や民族集団の個人を含まなければいけない)。  ・ 女性  人種や民族集団  ・ アジア系  ・ ヒスパニック/ラテン系  ・ 黒人/アフリカ系アメリカ人  ・ 先住民族/アメリカ先住民/アラスカ先住民  ・ 中東系/北アフリカ系  ・ ハワイ先住民/太平洋諸島系  ・ LGBTQ+  ・ 認知や身体的な障害がある人、もしくは聴覚に問題や障害のある人   女性客をターゲットにした作品では、問答無用でピンク色の背景キラキラしたフォントのポスターが作られる……なんてことも減っていくはずだ。   また、作品賞以外の部門については現在と同じ基準が適用され、特定のカテゴリー(長編アニメ賞、長編ドキュメンタリー賞、国際長編映画賞)に該当する作品は別に対処されるという。

表現は狭まるどころか広がる

 ここまで長々と今回の新基準を見ていただいたが、おわかりのとおり、これまでと作品内容が大きく変わる、表現が規制されるということは考えにくい。  むしろ、作品そのものからスタッフまで白人男性だけで固められるよりも、より多くの声が反映されることで多様なメッセージが打ち出せるようになっていくのではないだろうか。  また、幅広いバックグラウンドを持った人々の参入機会が生まれることで、業界全体の底上げにもなるはずだ。  近年、興行収入を席巻しているヒーロー映画においても、黒人や女性主役の作品がそれまでの通説を覆し大ヒットを記録していることからもわかるとおり、「売れる/売れない」「いい作品ができる/できない」は業界の多勢を占めていた人々の思い込みに過ぎなかったのかもしれない。  昨年のアカデミー賞では『パラサイト 半地下の家族』が作品賞を受賞し、興行的にも大成功を収めたが、これも以前までなら「ありえない」ことだった。  スクリーンの上ではどんなにありえないことも実現できるのが映画の魅力だが、その魔法は映画館を飛び出して、現実の世界でも「不可能に思えていた」ことが可能であることを証明して見せているのだ。  冒頭で述べたように、今回の新基準の見出しや要約だけを読んで、「ポリコレ厨」や「マイノリティ」が映画を変えてしまうと騒ぐ声もあるが、具体的に中身を読んでみれば、決してそうではないことがわかるだろう。  導入されるのは2024年からだが、ぜひ映画館に足を運び、作品を観たうえで今回の新基準について判断をしてほしい。 <取材・文・訳/林 泰人>
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン
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