グスマンを中心としたアルベルト政権は、年始からIMFやG20そして著名学者などと積極的にコンタクトをもった。ローマ法王とも接触して負債の問題解決に協力を仰いだ。アルベルトが求めていたのは、IMFのような公的金融機関や先進国がアルゼンチンが抱えている負債は今後支えていくことはできないということを公に指摘してもらうことであった。それを以ってして、債権者との交渉の際に彼らの譲歩を狙ったのであった。
実際、IMFは2月に入って現在の負債を今後も維持していくことはできない額であるということを表明した。IMFは中立の立場を維持するというのが信条のはずにもかかわらず、だ。
しかし、この言動は投資家から見れば好感のもてないものだった。その上、グスマンの師匠であるスティグリッツが、債権者の妥協しようとしない姿勢を激しく批難したことにも債権者の方では寧ろ妥協への拒否反応を誘った。
スティグリッツにしてみれば、彼の弟子がアルゼンチン側の交渉のトップであるからには、この交渉を成立させてやらねばならないという強い願望とまた弟子に指導したこと実践するのであるから失敗は許されないという自らへの面子も感じたのかもしれないが、些か勇足だったかもしれない。
グスマンが具体的に債権者に新発債と交換する額面を100ドルにつき40ドルを提示した。5月8日の時点でそれを受け入れた債権者は僅か12%だった。
この時点まではグスマンはIMFやアカデミーの専門家がアルゼンチンに味方しているという考えもあって、妥協しない姿勢を前面に出していた。しかし、それに対して3大債権団が最初の提示額を拒否したことで新たな提示額が必要となった。
一部の債権者は60ドルを要求した。政府が提示した40ドルとの差は余りにも大きい。7月5日、53.5ドルをグスマンは提示した。政府の経済チームは48ドルを超えないことというのを要求していたが、アルベルトとクリスチーナ・フェルナンデス副大統領(以後クリスチーナ)はデフォルトには絶対に陥りたくないという願望を強くもっていた。特にクリスチーナは大統領だった時にデフォルトを経験し、その時の苦しみは十分に認識していた。それが、48ドルにプラス5・5ドルを加算するということに繋がったのであった。債権者からそれを受け入れる反応はなかった。
さらに、新型コロナウイルスのパンデミックが国を襲って、経済も低迷が続くことになってしまった。結果として、政府から新たなオファーの提示が止まってしまった。
債権者の方でアルゼンチン政府への期待が次第に薄れて行った。また、グスマンへの政府内での信頼も同じく後退して行った。しかし、アルベルトもクリスチーナもグスマンへの信頼は揺るぎないものであった。特にクリスチーナのグスマンへの信頼は相当に強くそれが周囲を黙らせた。アルベルトが大統領と言っても彼を大統領にしたのはクリスチーナであり、正義党員の彼女への信頼は今も非常に高い。クリスチーナのグスマンへの信頼が強かったのも今回の成果に貢献した。
なにしろ、気難しいクリスチーナが、負債からのどのように脱却すべきかというグスマンの説明を聞いたら、「マルティン・グスマンの負債についての(脱却手段は)水の(透明さ)よりも明らかだ」と語って、周囲のグスマンへの疑問を一切寄せ付けなくなったほどだ。このことからもわかるように、グスマンという男は、その知識と理論だけでなく、自惚れのない好感の持てる人物だということで、周囲の評判も非常に良かったのである。