8月31日未明、アルゼンチンの経済相マルティン・グスマンは国の債務の99%の再編に漕ぎつけるための債権者との合意を達成した。このことによって、アルゼンチンは
9回目のデフォルトを回避した。その後の閣僚会議で閣僚全員が起立して彼に拍手を送った。遅れて閣議に加わった閣僚首席(首相)サンティアゴ・カフィエロも彼に拍手を送りながら着席した。閣僚スターの誕生である。
マルティン・グスマンはそれまで政治とは全く無縁で、米国コロンビア大学で教鞭をとっていた37歳という若い教授であった。アルゼンチンのラ・プラタ大学で経済学を修学。2005年に米国ロードアイランドにあるブラウン大学に留学。そこでファイナンス危機とその影響についての研究で博士号を取得したあと、ノーベル賞受賞者のジョセフ・スティグリッツについて研究した内容を国際経済ソサエティーに発表。スティグリッツ自身がその内容に興味を示し、グスマンをコロンビア大学で彼が主催するビジネススクールに招聘した。それ以後、グスマンはスティグリッツと師弟の関係を築くのであった。(参照:「
Infobae」)
アルベルト・フェルナンデス大統領(以後アルベルトと記載)は、就任するとアルゼンチンが抱える負債を解決するのに誰をその担当にするかということで当初3人の候補者をリストアップしていた。その内の二人はそれを辞退した。もう一人は大統領を十分に説得するには至らなかった。そこで大統領は大統領が首相だった時に経済分野で協力関係にあった現閣僚のひとり、マティアス・クルファスに相談した。そしてクルファスを介してグスマンを知るようになったのである。
グスマンの友人のひとりはこう語る。
「グスマンは2001年に起きた国のマクロ経済危機(デフォルト)が及ぼした影響を彼は研究していた」
そう、まさしく彼は、国の負債を解消する役目を負う者としてこれ以上ないほどの適任だったのである。
ブラウン大学で博士号を取得して卒業すると、負債を専門にしたスティグリッツのもとで研究する機会を得たグスマンだが、アメリカで世界最高の頭脳に師事する彼の脳内にはいつも故郷・アルゼンチンのことがあった。
前出の彼の友人は引き続きこう語っている。
「彼はいつも社会面から自国への強い絆を感じていたようだ。マクロ経済による変動が繰り替えされる開発途上国で起きる負債の解決方法を見つけることを研究していたんだ」(参照:「
Clarin」)