TikTok排除の次なる標的。米中戦争テンセント規制の衝撃
米政府は「国民の個人情報が収集される国家安全保障上のリスク」を理由に中国企業・テンセントとの取引を禁止すると発表した。日本がこれに追随した場合、大きな影響がありそうだ。経済や企業への波及効果は!?
トランプ米大統領は8月6日、短編動画アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する中国バイトダンスと米企業との取引を45日後に禁じる大統領令に署名した。それを受け、日本でも自民党議員らがティックトックの制限を政府に提言し、埼玉県や大阪府などの自治体が相次いで公式アカウントの運用停止を発表した。
日本でも若者を中心に多くのユーザーがいるだけに国内でも大きなニュースになったが、実は同大統領令ではもう一つ、取引停止を予告された中国企業がある。そして、成り行き次第ではこちらのほうが日本経済に影響を及ぼしそうなのだ。大手紙経済部記者は言う。
「“中国版LINE”と呼ばれる『WeChat(ウィーチャット)』を運営するテンセントです。同アプリは、月間アクティブユーザー数が世界で12億を超えており、仮に規制されて同アプリが中国のアプリストアから排除された場合、アイフォンの出荷台数が3割減り、損失額は年間250億ドルを超えるとの試算もあります」
気になるのは、日本が大統領令に歩調を合わせるかどうかだ。丸紅中国法人の経済調査総監・鈴木貴元氏は言う。
「米中対立は6月の香港問題(国安法施行)でフェーズが変わり、それまでの二国間対立から、日本など周辺国も巻き込む中国対米国同盟的な色彩をみせてきています。トランプ政権が安全保障などでは単独主義から変質してきています」
テンセントに関しても、大統領令が発動されれば、日本はより鮮明に米国側につく可能性が高いということか。ファーウェイのケースでは当初、日本は積極的にアメリカに追従しなかったが、それでも結果的に同社の5G設備は日本から排除されている。
では、テンセント規制は具体的に日本にどんな影響を及ぼすのか。まず、真っ先に影響を受けそうなのはインバウンド関連だ。
例えばウィーチャットに実装されているQRコード決済機能「ウィーチャットペイ」は、日本でも小売店を中心に導入店舗が増えている。観光庁によると、’19年の訪日中国人の消費額は1兆7704億円。うち約25%でモバイル決済が利用されているのだ(JTB調べ)。中国のモバイル決済のシェアはウィーチャットペイが38.9%なので単純計算すれば年間で約1700億円が決済されていることになる。規制された場合のインパクトは大きいだろう。
インバウンド・マーケティングも大きな影響を受けそうだ。
「中国人観光客をターゲットにしたマーケティングにおいて、ウィーチャットは企業にとってウェブサイト同様、アカウントを持っていることが当たり前になっています」(共同ピーアール中国業務グループ長・深澤和博氏)
実際、ドン・キホーテやマツモトキヨシなどインバウンドに力を入れている企業のほとんどが公式アカウントを開設し、中国人に情報発信をしている。特に小売店にとって欠かせないのはクーポンの配布だ。中国マーケティングを支援するルイスマーケティング代表・沢登秀明氏は言う。
「ある空港免税店の公式アカウントには数百万人のフォロワーがついており、それらに対して店頭での割引クーポンを配布しています。その利用者は多く、売り上げにかなり貢献しているのです」
ほかのアプリでも配布はできるが、拡散力でウィーチャットに勝るアプリはない。加えて、同アプリはツアー客の連絡手段として欠かせない存在となっており、「もし日本で遮断されたら、中国人は行き先を変える」(インバウンド業界関係者)ことが予想される。
インバウンド以外の影響はさらに深刻かもしれない。沢登氏は、影響が中国に進出する日本企業に及ぶことを危惧している。
「規制されれば、日本企業は空気を読んで中国国内での関連活動を停止する可能性があります。トヨタやイオン、パナソニックなど、BtoCの企業のほとんどがアカウントを開設しているので、影響はかなり大きいでしょう」
一方、前出の鈴木氏はテンセントなどの規制をめぐって日本が米国に追随すれば、中国政府から反発を招く可能性があると指摘する。
「例えば福島の原発事故以来、規制されている10都県からの農産品輸入は、日中関係改善によって解禁が期待されています。また、コロナ後に中国人が行きたい国は日本が1位です。しかし日本が米国に安易に追随すれば、中国市場の開放も訪日旅行再開も遅れたり、規制が続くかもしれません」
現時点で大統領令には曖昧な点が多く、どのような規制になるかは未知数だ。先例となるファーウェイへの制裁は、同社と取引のある企業が米企業との取引に制限を受けるため、日本企業にも広く影響が及んだ。米中摩擦の状況次第では、テンセントや関連企業との取引そのものまで制限される可能性もある。そうなれば日本への影響はさらに拡大しそうだ。
訪日インバウンド業界や中国進出日本企業への影響
インバウンド・マーケティングも大打撃か
1
2
『週刊SPA!9/8・15合併号(9/1発売)』 表紙の人/ 今田美桜 電子雑誌版も発売中! 詳細・購入はこちらから ※バックナンバーもいつでも買って、すぐ読める! |
ハッシュタグ