妊娠中までは仲の良かった夫婦が、子育て中に不仲になることを「産後クライシス」と呼ぶ。
「幸せ絶頂のはずなのに、なぜ?」と思うかもしれないが、こうしたケースはよくある。ベネッセ教育総合研究所の
調査では、産後に夫婦が直面する現実が示されている。
妊娠中の夫婦はどちらも74.3%が「配偶者といると、本当に愛していると実感する」と回答しているが、第一子が1歳の時には夫が63.9%に対して妻は45.5%に低下。子どもが2歳の時に至っては、「夫を愛している」と答えた女性は34.0%にまで落ち込む。子どもが2歳になると、妻の約7割が夫に愛情を感じていないことになる。
「人間にとって一番困難な仕事は、間違いなく子育てです。子育ての負担が女性に偏りがちな状況で、産後の夫婦仲悪化を防ぐカギを握っているのは、夫なんです」
そう話すのは、福岡市中央区で産婦人科院長を務める
東野純彦(とうの あつひこ)さん。
東野純彦さん
東野さんは約20年前から父親学級を開き、産後の女性の心身に生じる変化や夫婦間のコミュニケーションについて男性たちに伝えてきた。産後クライシスを防ぎ、子育てという一大プロジェクトにともに向き合えるチームとして夫婦が機能するためにはどうすればいいのか。東野院長に話を伺った。
子育てを協力して行いにくい環境が、お母さんを追い詰める
現代日本で母親が置かれる状況は、なかなかに過酷だ。今年7月に刊行の東野さんの書籍、
『知っておくべき産後の妻のこと』(幻冬舎)には、新生児(生後1ヶ月)の子どもを持つ母親の忙しさについて触れられている。
産後1ヶ月の女性は授乳とおむつ交換に1日のほどんどを費やし、ゆっくり休む時間すらない。睡眠パターンの変化や話し相手の不在、育児のプレッシャーなどで多大なストレス環境下に置かれているというデータもある。
常に神経を使い、ちょっとのミスが子どもの命を奪いかねない育児だが、子育てに関わる人の数は時代とともに減っている。かつて日本には床上げの文化があり、産後一定期間、女性は横になって心身の回復に費やすのが普通だった。その間の赤ちゃんのケアは、周囲の人が協力して行った。つまり、共同での育児が当たり前だったのだ。
しかし近年では核家族化が進み、子育てを協力して行える人が少なくなっている。加えて日本人男性は長時間働く傾向が強いため、家庭に関わる時間は制限されてしまう。こうして、育児の負担は妻に大きく偏っていく。