2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落。事前にクラックを確認していたのに、JR東海は納期に間に合わせるため火薬の量を倍にした
JR東海7月17日、大鹿村内の「青木川非常口」の掘削を開始した。これで県内5本の本線トンネルのうち2本目の伊那山地トンネルの掘削が始まった。
2014年の認可から2027年の開業までもうすぐ折り返し点というのに、いまだ3本のトンネルが未着手だ。
23.3㎞ある中央アルプストンネルでも、複数の断層を横切るため難工事が予想されている。
ところが2019年4月、岐阜県側の「山口非常口」で掘削開始後200mの時点でトンネルが崩落。急きょ、予定していなかった先進坑を本線トンネルに並行して掘り、工事の安全を図るという、抜本的な計画変更がなされている。
JR東海は、大鹿村に至る残土運搬用アクセス道路のトンネルの掘削でも、2017年12月に出口付近で火薬の量を倍にし、外壁の崩落を起こしている。このように、工事を急げば同じ過ちが繰り返されるおそれがある。
伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路は、水害によって各所で被災した
長野県内の地上部分の本格工事も始まっていない。それに加えて、今年7月には豪雨災害が起きた。
伊那山地トンネルを挟んで大鹿村の反対側の豊丘村でも、今回の豪雨で「坂島非常口」に至る林道が寸断された。この「坂島非常口」も2018年掘削開始予定だった。
「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた。2017年の掘削予定だったが、まだ始まっていない
とりあえず土を寄せた個所があちこちにある道路を、のり面や路肩の崩壊を眺めつつ「坂島非常口」の現場に行くと、道路脇の掘削予定地はやはり未着手。来年に掘削が始まったとしても、予定より3年遅れだ。ヤードの中は水浸しだった。
静岡県だけでなく、どこもかしこも工事が遅れているのだ。
山梨県「早川非常口」に至る橋の手前は、昨年の台風19号で陥没
JR東海のサイトでは、ほとんどの部分の工事契約が締結されてはいる。筆者は2020年3~5月、アウトドア誌の取材(『Fielder』51、52号)でリニアの沿線を自転車と徒歩で全線トレースしている。8割以上が地下部分の工事なので、地上から見える部分は限られるが、実際には「順調」とは言えない状況だった。
山梨県側は、2016年10月26日に南アルプストンネルの「早川非常口」の工事が着手され、2017年6月に8か月で斜坑の掘削を終えている(日進62.5m)。
いちばん捗っているはずの「早川非常口」の現場に今年3月に行ってみると、坑口に通じる橋が2019年の台風で通行止めになっていた。渇水期を待って改修をするというが、その間にこの豪雨災害が起きている。
早川町内ではビルのような残土置き場が各所に現れている。山梨県内でも残土全量の処分場は未定
地上部分の工事では、静岡県に限らず、長野県南木曽町や阿智村のように
「残土やアクセス道路、水源問題などが先に片づかなければトンネル掘削は認めない」という自治体もある。
長野県内で排出される970万㎥の残土のうち、残土置き場が決まったのは現時点で50万㎥にも満たない。
地権者交渉も難航している。神奈川県、山梨県では住民によるリニア工事反対のトラスト運動が続く。
神奈川県駅~相模川間の区分地上権の地権者は850軒あるが、団結して弁護士を立てている地域もあり、交渉がすんなりといく見込みはない。
山梨県では、JRの工事についての説明を拒否している自治会や、工事差し止めを求めて裁判を起こした地権者もある。長野県駅周辺や本線の予定地でも、話し合いに応じない意思を示す地権者もいる。
こういった問題は、最終段階でJRが強制収用の意思を示してはじめて可視化する。しかし、開業時期が設定できなくなり「最終段階」が見通せなくなった。もはや、静岡県の水問題だけが解決しても、リニアはまだまだ前に進めない。
<文・写真/宗像充>