―― 中国は「台湾出兵」を窺っているが、頼みのアメリカは「鎖国」している。わが国には非常に困った状況です。
内田:アメリカは軍事的にも身動きできない状況です。6月に空母セオドア・ルーズヴェルトが1000人以上のコロナ感染者を出して帰港しました。原潜も一人感染者がいたら使用不能になります。空母と原潜がいつ使い物にならなくなるのかわからないという条件下で各国は軍事について考えないといけない。つまり、どこもしばらくは通常兵器での戦争は始められない。
東アジアの安定のためには、僕がつねづね主張していることですけれど、
日本は韓国、台湾、香港と手を結んで、この4つの政治単位の同盟として中国と向き合うことが必要です。アメリカが西太平洋から「撤退」した場合には、中国に香港、台湾、韓国、日本の順に各個撃破されることになる。今回はまず香港が潰された。次は台湾、そして韓国という順序で中国は外交的なプレッシャーをかけてくるでしょう。
いま
日本が香港に対して効果的な支援をしなければ、アジア諸国からの信頼を失う。そうなれば、日本がアジア諸国と連携して中国に対応するという戦略そのものが失効する。
―― 安倍政権は「自由で開かれたインド太平洋構想」を掲げて、アメリカ、オーストラリア、インドと連携して中国に対抗しようとしています。
内田:それは机上の空論です。地図の上で「環太平洋」で中国を囲む線を引くことは子どもにでもできますが、実際には、それぞれの国がめざす国家像・世界像がまったく異なる。アングロサクソンの米英豪カナダは簡単に同盟関係が結べます。言語も文化も同質的ですから。でも、アジア諸国やインドは理想とする社会の姿がアングロサクソン諸国とは違います。それらの国々と運命共同体を形成することなんかできません。
それに対して、
日韓台香の同盟関係には一定の根拠があります。フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドによれば、ロシア、中国、ベトナムなど社会主義国は全て「
共同体家族制」です。人間は自分たちの家族のかたちに基づいてあるべき国家のかたちを思い描きます。中国は共同体家族ですが、日韓台香はいずれも
直系制家族です。ということは、この四つの政治単位は目指す国家像に共通性があるということです。
戦国時代の中国では、強大化する秦に対抗して六国(韓・魏・趙・燕・楚・斉)が「合従」を組みました。この時代の秦は共同体家族でしたが、六国は直系家族でした。だから、「合従」と「連衡」では目指す国家のありかたが違っていたのです。
―― 六国は合従を組みましたが、結局は秦に滅ぼされてしまいました。
内田:六国は合従策を採って秦に対抗すべきだったのに、目先の利害を配慮して秦と個別に同盟を結ぶ連衡策を採ったために、最終的にすべて秦に攻め滅ぼされてしまいました。歴史の教訓に学ぶならば、日韓台香は中国と個別に同盟を結ぶ連衡策ではなく、お互いに連携する合従策でなければ生き残れないということです。
アメリカの東アジア戦略は植民地統治原理である「分断統治(divide and rule)」ですから、日本、韓国、台湾、香港の間に同盟関係ができることをアメリカは許さない。アメリカの戦略もやはり連衡策なのです。大国は必ず連衡策で小国を従わせようとする。小国が自国の運命を自己決定できるためには、合従策を採るしかないのです。
―― コロナ危機のいま、アメリカも中国も物凄い勢いで変わろうとしている。日本も変わらなければならない。
内田:不幸中の幸いと言うべきか、現在はコロナの影響で国際関係が停滞しています。各国は程度の差はあれ「鎖国状態」で、国内の感染対策で手一杯です。医療資源やワクチン開発が「外交カード」になる局面ですから、軍拡に金を使ったり、新しい外交戦略を展開する余裕がない。ですから、しばらくはドラスティックな変化は起きにくい。
この外交的停滞は半年から一年、あるいはもっと長く続く可能性があります。日本はいま与えられている時間的猶予を奇貨として新しい外交戦略を創り出すべきなのです。前代未聞の変化に適応できる構想力のある指導者がいまほど求められている時はありません。
(7月1日インタビュー、聞き手・構成 杉原悠人)
内田樹(うちだたつる)●思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。凱風館館長、多田塾甲南合気会師範。著書に『
ためらいの倫理学』(角川文庫)、『
私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、第6回小林秀雄賞受賞)、『
街場の天皇論』(東洋経済新報社)など
<『
月刊日本8月号』より>
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