買収騒動に揺れた「大戸屋」、株主が選んだ答えは「効率よりも味」

揺れに揺れていた「大戸屋」をめぐる争い

 揺れに揺れていた大手和食チェーン「大戸屋」(大戸屋HD、本社:東京都武蔵野市)の買収騒動が6月25日に「決着の日」を迎えた。  騒ぎの発端は2015年に大戸屋の創業者である三森久実氏が急逝したのち、2019年に創業家が外食チェーン経営の「コロワイド」(本社:神奈川県横浜市)に大戸屋HDの保有株式を譲渡したこと。  コロワイドは大戸屋を傘下に収めるべく6月25日開催の大戸屋HDの株主総会で取締役の刷新を求める株主提案を提出。しかしその提案は否決され、大戸屋は「現経営陣の続投」が決まった。  大戸屋HDによると、議決権を行使した株主のうち、約7割が現経営陣の続投を支持したという。  果たして、今回の騒動は一体どういった経緯で起きたものだったのか――これまでの大戸屋の動きと、コロワイドとの対立の構図を振り返る。
大戸屋

大戸屋をめぐる騒ぎの発端は創業者の急逝であった。

買収騒ぎの発端は「創業家と経営陣の御家騒動」

 買収騒ぎの端緒となったのは、大戸屋の創業家と現経営陣による「御家騒動」だ。  大戸屋は1958年に三森久実氏の叔父・養父である三森栄一氏が池袋駅東口に開業した大衆食堂「大戸屋食堂」を起源に持つ。  三森栄一氏は子供がおらず、養子となった三森久実氏が大戸屋の事業を引き継ぎ、1990年代に入ると「健康な和食」を掲げてチェーン化に挑んだ。そして、2001年には現在のJASDAQに上場(当時は店頭市場への登録)。日本国内に約350店舗(2020年現在)、そして東アジア各国・アメリカ大陸にまで展開する一大和食店へと成長させた。
台湾・台中市の大戸屋

台湾・台中市の大戸屋。
写真の店舗は駅構内。何と「駅弁」まで販売されていた。

 三森久実氏が肺癌により急逝したのは2015年7月のこと。社長には三森久実氏の従弟である窪田健一氏が就任していたものの、業績が悪化しつつあった大戸屋HDは、創業家に対して保有株の相続税対策として支払われる予定であった「功労金」を巡って久実氏の後継者と目されていた息子・三森智仁氏、久実氏の妻・三森三枝子夫人と対立。智仁氏は2016年に大戸屋の役員を辞任したものの、2017年5月の株主総会において大戸屋HDが創業家に2億円の功労金を支払うことで騒ぎは一旦決着し、三枝子夫人と智仁氏は、2019年に保有していた株式の全てをコロワイドに譲渡した。  これにより、コロワイドは大戸屋HD株の約19パーセントを保有する筆頭株主となった。
大戸屋・店内

大戸屋・店内のようす。
和食店らしい落ち着いた雰囲気が特徴だ。

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