6月公開予定の厚労省による「接触確認アプリ」の有効性。検査されない日本では効果も限定的? 監視社会強化のリスクも

接触確認アプリの有効性には疑問がある

 かつては接触確認アプリの成功例としてシンガポールが挙げられた。しかし、それは過去のものになっている。一時的に感染抑止に役立ったものの、現在シンガポールは東南アジアで一番感染者の多い国となっている。人口563万人の同国が人口2.677億人のインドネシアよりも感染者が多いことは驚嘆に値する。そして人口あたりの感染者数では世界でワースト4位である(*5月27日時点の外務省サイト掲載のデータによる)。死亡者は低いレベルに押さえられているものの、現在までのところシンガポールの感染抑止はうまくいっているとは言えないだろう。その原因は外国人労働者の劣悪な住環境で発生したクラスタであり、接触確認アプリの限界を示している。  シンガポールの事例から言えるのは、接触確認アプリには効果はあるかもしれないが、それは一定条件下での限定的なものであり、複合的な施策を組み合わせなければ全体の抑止にはつながらないということだろう。  もうひとつ重要なのはシンガポールが失敗したことで、接触確認アプリの代表的な成功例がなくなった(筆者の知る限りは成功例と呼べるものはない)ことだ。この種のアプリを採用しているイスラエルの状況はシンガポールほどひどくなく改善される見込みはありそうだが、それでも人口あたりでは世界ワースト18位でまだ先は長そうだ。しかも位置情報も併用しているので、接触確認アプリの最大の利点であるプライバシー保護は充分ではない。オーストラリアでも同種のアプリをリリースしているが、こちらも個人情報を収集している。韓国や中国のような個人情報に配慮しない方式は効果があがっている。  先日、オクスフォード大学のチームがこの方式の有効性を検証するレポート*を発表した。それによれば全人口のおよそ60%がこのアプリを利用すれば抑止効果を期待できるという。それ以下でも一定の効果はあるともしている。なお、シンガポールでの利用者は現在140万人=全人口の約25%であり、はるかにおよばない。 〈*Digital contact tracing can slow or even stop coronavirus transmission and ease us out of lockdown(2020年4月16日、Oxford University

シンガポールの事例からわかる接触確認アプリ3つのポイント

 先行して導入したシンガポールでは接触確認アプリの効果を上げるための貴重な知見が得られている。シンガポール政府でアプリの開発を主導した責任者のブログなどから整理したものが下記である。 ●Automated contact tracing is not a coronavirus panacea(2020年4月10日、Jason Bay)  いずれのポイントも日本の現状とは乖離している。 1 多くの国民が利用することが前提(目安はおよそ60%)  少なくても一定の効果はあるが、普及率が低いほど効果は落ちる。筆者の知る限り、接触確認アプリで普及率が60%を超えている国はない。なお、当初開発を担当していた一般社団法人コード・フォー・ジャパンが行った説明会では普及率が1割程度でも効果が期待できるという説明もあったが、説明にもあるようにあくまでかなり限定された条件下のことである。 2 迅速かつ正確な検査、隔離体制が必要  感染者が何日間も検査を受けられなければ、過去に接触した人々への通知が遅れ、そこからさらに感染が広がるのを防ぎきれない。  一般社団法人コード・フォー・ジャパンで今回のアプリの開発に携わった方が資料を自身のnoteで公開しており、それによると3.55日以内に通知すれば27%の感染抑制効果が見込めるとなっている。  しかし2020年5月13日にコロナに感染して死亡した力士は4日に発熱したものの、なかなか検査を受けることができず、8日に受けた簡易検査では陰性で、症状が悪化したため10日に検査した結果、陽性とわかった。発熱から検査まで6日かかる状況ではアプリの効果はかなり限定的になる。  そもそも厚労省は当初4日間は様子を見るようにしており、それを守った結果、死に至った犠牲者まで出ている。3.55日以内に検査を受けることが現在の日本でどれだけ現実的とは言えない。 3 効果的な運用には人手による確認が必要。  先行事例であるシンガポールでは保健省が電話確認を行っている。プライバシーに配慮した接触確認アプリは感染した本人の自己申請にもとづくのが原則のため、誤認(検査を受けていないに自己診断したなど)やいたずらが入り込む余地がある。また感染者に過去に接触した人々への通知に際しても、自動だと壁越しに近い距離にいた人と、対面で会話していた人との区別ができない。こうした問題をのぞくために人手での確認が重要である。  今回、厚労省では自動運用を考えている可能性がきわめて高く、そうなった場合、運用で混乱を招く危険がある。
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常に秘められる「悪用」「監視社会強化」のリスク
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