アイドルのファンクラブの起源は、72年にデビューし78年に解散したキャンディーズです。キャディーズは、若い女性の三人組です。
1970年代は日本の歌謡曲文化が全盛期をむかえた時代です。浪曲、童謡、シャンソン、ムード歌謡から、ブルース、演歌、ロック、フォーク、ニューミュージック、ファンク、ディスコ、等々、多種多様な楽曲が発表され、音楽産業がうなぎのぼりに成長していった時期です。そんな歌謡曲全盛期、百花繚乱のなかにデビューしたキャンディーズは、あまりパッとしない地味なグループでした。
当時は強烈な個性を放つ女性歌手が次から次へと登場し、力強く朗々と歌い上げていました。研ナオコ、和田アキ子、荒井由実(松任谷由実)、イルカ、中島みゆき、内藤やす子、そして、ピンクレディーの激しいダンスが女子児童のあいだで爆発的な流行となりました。なにそれ聞いたことねえという若い読者の方は、ぜひ検索してみてください。動画投稿サイトでは当時の映像がいくつもアップされています。70年代は、歌謡曲とそのステージパフォーマンスを通して、女性像がおおきく刷新されていった時代です。
そのなかでキャンディーズは、一時代前のおとなしい女性像を保ったグループでした。歌の内容は非常に保守的で、退屈ともいえるものでした。「保守的」というのは、おしとやかでとがったところのない、という程度の意味です。ピンクレディーの歌が挑発的で批評的であったのにたいして、キャンディーズの歌は何も脅かすことのないおとなしいものでした。
キャンディーズはファンが「キモい」から解散した!?
キャンディーズはいいのです。彼女たちにおかしなところはないのです。問題は、ファンの質が異常だったことです。キャンディーズファンは、この三人を異常なやり方で応援しました。テレビ・ラジオへのリクエストはがきを毎日大量に出し続ける、とか、レコード屋をまわって大量に買いあさる、というような異常な応援をしたのです。しかもこれを組織的に行った。全国キャンディーズ連盟というファン団体をつくって。
彼らはたんなるファンというのではなく、キャンディーズをヒットチャートにねじ込むための組織活動をおこなう集団になっていったのです。それは商業的には不正ではないけれども、文化的にはアンフェアで、強引で、無粋なやり方でした。文化的な評価を力づくでもぎとろうとする団体活動、大げさに言えば、組織された政治力で文化をねじ伏せようとしたわけです。そしてさらにキモいことに、彼らはこの組織化された異常な応援活動を、「俺たちの青春」とうそぶいたのです。
77年、キャンディーズは突然解散を宣言します。ライブステージで「普通の女の子に戻りたい」と叫んだエピソードは有名です。三人が解散を決めた理由は、明らかにされませんでした。解散理由について、三人は固く口を閉ざします。
客観的には解散の理由は明白です。ファンがキモいからです。前例のないほど熱狂的なファン、ファン団体、そして彼らの異常な行動に、キャンディーズの三人はドンびきしたのでしょう。まあ、ひくでしょう。キモすぎるのです。
※近日公開予定の<史的ルッキズム研究3>に続きます。
<文/矢部史郎>
愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。