ハッピを着たアイドルのファンたち(時事通信フォト)
つれづれなるままにルッキズムを考えるこのコラム。
前回は1970年代、工場に産業用ロボットが導入され始めたころの「キモい」エピソードを紹介しました。産業用ロボットに「百恵ちゃん」「宏美ちゃん」といった愛称をつけて呼び、これでロボットに親しみをもてる、良いアイデアだった、とニヤけている。キモいです。
そして私の仮説。「キモい」の起源は70年代の経済構造の転換のなかにあるのではないか、という仮説を提示しました。かっこ良い/かっこ悪いという感じ方は古くからあるものですが、私たちがいま見ている「キモい」という様態は、それほど古いものではない。せいぜい50年ほどの歴史しかないだろう。そういう仮説です。
では、比較的最近の話題から。
今世紀に入ってから、鉄道に女性専用車両という制度が登場しました。女性専用車両とは、通勤通学などで痴漢の被害にあった女性たちが、その後も引き続き鉄道を利用できるように設置されたものです。鉄道での痴漢犯罪を根絶できないために、やむをえずとられた避難措置です。
これにたいして、「女性専用車両設置は男性差別だ」と主張する中高年男性のグループが登場します。私の記憶では、関東で、2000年代の中頃にはあらわれます。彼らは女性専用車両に無理やり乗車し、退出を要請されても応じずそのまま居座るというやり方で、乗客とのトラブルを繰り返してきました。
この「直接抗議行動」は、客観的には痴漢行為にあたるものですが、彼らの主張するところでは「社会運動」です。「女性専用車両を廃止しろ運動」。リーダーは男性差別と闘う「反差別の闘士」です。まあ、キモいです。
このグループの画像を見たことがあります。3名の中高年男性がそろいのハッピを羽織って並んでいます。ハッピと言っても、伝統行事などで使われる渋いハッピではなくて、家電量販店の歳末セールなどで使われるような、蛍光色のテロンとしたハッピです。仲間たちが、黄色いハッピを羽織り、真ん中に立つリーダーはサングラスをかけていました。このサングラスがちょっと古風なかたちで、70年代のジュリーがかけていたようなタイプです。まあ、サングラスはともかく、問題はハッピです。
「社会運動の闘士たち」が羽織るハッピとは、なにか。このハッピは、なにに由来して、どんな歴史的文脈をもって、ここにあらわれたのか。
私が一瞬連想したのは、ドリフターズです。ドリフのテレビ番組「8時だヨ! 全員集合!!」は、当時非常に人気のあった番組ですが、ここでドリフターズは必ずハッピを着て登場していました。ハッピに鉢巻がドリフのトレードマークでした。しかし、うーん、これは違うな。彼らは人を楽しませようとしているわけではないのです。
まじめに考えれば、これは、町会・青年団のハッピでしょうか。地元のトビの組や大工の組が揃いのハッピを着て、いざというときには消火活動や捜索活動に取り組む。あの勇壮な男たちのハッピです。おそらく彼らの主観では、このあたりになるのでしょう。彼らは大真面目に世直し運動をやっているつもりなのです。闘う男たちには勇壮なハッピが必要です。しかしなあ。やってることは迷惑行為ですから。現実と表象とのギャップが、ひどい。
私の友人の女性は、このハッピにもうひとつ別の説をとなえます。この蛍光色のテロンとしたハッピは、アイドルのファンクラブのハッピだ、と。なるほど。これはたぶん正解ではないけれども、ストンと腑に落ちる、いい説です。「女性専用車両を廃止しろ運動」のハッピは、アイドルのファンクラブのハッピに由来する説。この説のよいところは、「キモい男性集団」という線で、ピタリとつながるところです。