日本の受刑者らが直面する新型コロナウイルスのリスク
世界中で新型コロナウイルスの感染者が増加するなか、各国政府は「三密」(密閉・密集・密接)が重なり合う拘禁施設での感染拡大防止の対策を打ち出しています。イタリア政府は3月に、残存刑期18か月未満の受刑者について保護観察つきの早期釈放を認める命令を出しました。(参照:HUMAN RIGHTS WATCH)
他にも、アフガニスタン、バーレーン、ドイツ、ヨルダン、ポーランド、トルコ、米国などが同様の措置を取っています。(参照:朝日新聞、HUMAN RIGHTS WATCH、産經新聞、NBC、時事ドットコムニュース、毎日新聞)
一方、日本の拘禁施設はどのような状況なのでしょうか。
4月5日、大阪拘置所の刑務官一人の新型コロナウイルスの感染が確認され、4月18日までに合わせて8人の刑務官の感染が確認されました。4月11日には、東京拘置所に収容されている60代の被告男性が新型コロナウイルスに感染したことが確認されています。北海道の月形刑務所でも、刑務官一人が新型コロナウイルスに感染したことが4月15日に確認されています。(参照:NHK)
法務省は4月上旬、緊急事態宣言の対象となった7都道府県にある38か所の刑事施設に収監されている受刑者や被拘禁者が面会できる相手を「弁護士等」のみにし、のちに緊急事態宣言が全国に拡大されたため、面会に関する規制を70か所以上の刑事施設に適用しました。4月下旬には、新規入所者の2週間独房での隔離や、面会者には消毒やマスクの着用の協力を求めるガイドラインを公表しました。(参照:朝日新聞、法務省、日本経済新聞)
日本政府は刑事施設での感染拡大をなんとか防ごうとさまざまな対策を取っていますが、イタリアやドイツ、米国との決定的な違いは、被拘禁者の早期釈放に対して消極的である点です。法務省は、筆者の「一部受刑者の釈放を検討しているか」の問い合わせに対して、「検討していません」と答えています。
しかし、本当に早期釈放を検討しなくていいのでしょうか? 現在、多くの日本の刑事施設が直面している現実を直視すると、早期釈放の必要性が浮き彫りになってきます。
まず、多くの刑事施設は密閉しているうえ、複数の人がひとつの部屋に収監されています。大勢の人が限られたスペースで刑務作業、運動、食事や入浴を行なっているため、いわゆるソーシャル・ディスタンシングが難しく、またそうした距離をとることが不可能な場合も少なくありません。
さらに、日本の刑務所では、65歳以上の受刑者の割合が大幅に増加しています。2018年には、女性入所受刑者のうち65歳以上は16.8%(1998年は同1.9%、2003年は同5.5%)であり 、男性入所受刑者については11.7%でした(1998年は同1.3%、2003 年は同4.2%)。(参照:法務省)
高齢者は、心血管疾患・糖尿病・慢性呼吸器疾患・高血圧などの基礎疾患をもつ人と並んで、新型コロナウイルス感染症の重症化や死亡のリスクが高いとされています。ヨーロッパでは、新型コロナウイルス感染症の死亡報告例のうち95%以上が60歳以上です。(参照:WHO)
また、日本の矯正医療は人手不足に陥っています。法務省の統計によると、刑事施設で勤務する矯正医官は2013年に約260人に相当します。2003年には316人でしたが、ともに定員332人を大きく下回っています 。法務省の有識者検討委員会は2014年の報告書で「直ちに抜本的な対策を講じなければ、矯正医療は早晩崩壊することを認識しなければならない」と指摘しました。(参照:法務省)
さらに同委員会は、一部の施設以外、刑事施設の医療設備・機器が「老朽化」していると警告しています。一般の医療水準に見合った最新の医療機器が整備されていないうえ、専門的な医療が提供されるべき医療刑務所でも、施設の老朽化が「著しく」、設備が「医療ニーズ」に対応できない問題を抱えている現状も指摘されています。
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチが4月23日に森まさこ法務大臣宛に送付した書簡にも記載されていますが、同団体がインタビューした元受刑者らは、刑務所での医療ケアが不十分だったと述べています。(参照:HUMAN RIGHTS WATCH)
例えば、一年以上収監された50代の元受刑者のマキ・Fさん(仮名)は、同団体とのインタビューで「風邪をひいて、見てもらうのが2週間後ぐらいなので、治っているんですよね。風邪を引いても言わないことばかりでした」と話していました。
大勢の受刑者が、医療を受けるまでに長く待たされた経験をしています。このような状況は、新型コロナウイルス感染症が発生すれば、壊滅的な被害をもたらす可能性を孕んでいます。
早期釈放に消極的な日本政府
「三密」、高齢者の増加、そして矯正医療の「崩壊」
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