3月上旬の段階では、感染拡大を防ぐため「50人以上の参加者がいるイベントを見送る」といった方針を決めたものの、卒入園式は予定通り実施する予定でいた。
辻村理事長も「3月半ばにとあるメディアに取材をお受けした際には『感染予防対策を行いながら開園しています』とお話していました。まだ気持ちにゆとりがあったのです」と振り返る。
3月半ばといえば、安倍首相が「五輪を予定通り開催したい」と発言していた頃だ。そこから1ヶ月と経たず、まさか緊急事態宣言が発令されるとはおそらく多くの人は予想できなかっただろう。
しかし同月下旬にかけて感染者数が急増し、首都圏の都県では週末の外出自粛が呼びかけられるなど、国内に危機感が一気に高まった。状況の急激な変化に不安を覚えたため、辻村理事長は自治体や内閣府に問い合わせたが(※)、両者からは「開けてください」と返されてしまう。
基本的に保育園は事業者の判断で休園ができない。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、早い段階で臨時休校となった小中高とは対照的だ。
こうした状況について辻村理事長は「感染を予防しながら開園を続けるか、関係者に感染者が出て休園するかしかありません。言いかえると、誰かが感染するまで開園するしかありません」と疑問を呈した。
(※)認可保育園は自治体、企業主導型保育園は内閣府と、管轄者が異なることから問い合わせ先が違っている。
4月に入り、辻村理事長の気持ちは休園に向かい始めた。「働く親の事情はわかる。でも、このまま開園を続ければ、子どもたちやスタッフにも感染のリスクがある」。葛藤の末、4月6日夕方に運営する4つの園のうち、3つ企業主導型保育園を臨時休園することを決めた。
企業主導型保育園は自治体の認可を必要としない認可外保育園に属しており、一定の判断で休園が可能であったためいち早く決断ができた。その後8日の緊急事態宣言の効力発生後は、認可保育園にも休園するケースが見られたものの、自治体によって対応はさまざまだ。
ただし、医療従事者の親を持つ子どものみは引き続き保育をしている。
「一番大切なのは、子どもの安全です。保育園では細心の注意を払っても、濃厚接触は避けられません。子どももマスクをしたほうがいいのですが、やはり快適なものではないので難しいものでした。人との接触を減らせば感染リスクを下げられるわけですから、そのためには休園が好ましいと判断したのです」
保護者の反応はどうだったのだろうか。休園を決定後、各園の園長が保護者一人ひとりに電話で休園を伝えたが、反応は全て快いものだったという。
「保育園にお子さんを預けられなければ、親御さんは困るはずです。にもかかわらず、私たちへの気遣いのお言葉をくださる方がいらっしゃり、涙が出そうになりました」
臨時休園の決断に理解を示した保護者に感謝の気持ちを抱く一方で、辻村理事長は複雑な気持ちも感じている。
「親御さんとしても仕事を休めるのであれば、休みたいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。でも会社や生活のことを考えると、仕事を休んで登園を控えるのは難しい。
政治家の方には『今は子どもの命を守るのが一番大切』と思っていただき、休業の補償を含めて親が安心して休めるための支援をしていただけると良いと感じています」
取材でも繰り返し発せられたが、辻村理事長が一番に考えているのが子どもたちの安全だ。臨時休園すれば、親への影響は免れないが、開園を続ければ、園児・スタッフともに感染のリスクを抱え続けなければならない。
認可保育園も休園が可能になってきているが、保護者の事情や要望はさまざまであるほか、自治体によって原則休園か登園自粛要請かの対応は異なる。このような状況の中、辻村理事長のように、保育園事業者は今、開園か休園かで葛藤している。
<取材・文/薗部雄一>
1歳の男の子を持つパパライター。妻の産後うつをきっかけに働き方を見直し、子育てや働き方をテーマにした記事を多数書いている。