2030年札幌オリンピックのための新幹線延伸で、北海道が汚染される!?

秋元克広・札幌市長「長年飲み続けなければ、健康に被害はありません」

浄水場

埋め立て予定地のすぐ近くには浄水場がある。住民はここの汚染を怖れている

 同ネットワークの担当者とのメールのやりとりで、印象に残ったことを一つだけ紹介したい。それは、地元農家が鉄道機構の埋立計画を断念させたことだ。  地域の農家に相談なく、八雲町役場が鉄道機構とともに「要対策土」を山林地に埋め立てようと計画したが、「農業用水である河川が汚れる」と農家の激怒を買った。これに対して鉄道機構は、金山地区の説明会と同じように「調査だけでもさせてほしい」と何度も農家側に申し入れた。しかし農家は「調査は認めない。勝手に調査しても、俺たちは絶対に認めない」と完全拒否を貫いた。これにより、鉄道機構は断念に至る。  Sさんはこの事例を知っているだけに「自分たちも」と、初めて市民運動の世界に身を投じたのだ。 「守る会」は設立後、すぐに動いた。2019年8月からは毎週土曜日に会合を開き、積極的に学習会を開いた。鉄道機構の資料を読みこなし、10月には候補地からの鉱山跡地の除外を求める署名活動を開始する。12月10日には地域を戸別訪問し、街頭に立って1万539筆の反対署名を集めて秋元克広・札幌市長に提出した。  だが、この行動は市や鉄道機構の姿勢を変えるには至っていない。11月17日、鉄道機構は金山地区で4回目の説明会を行っているが、その内容は「金山地区で最終決定をしたわけではない。不安や懸念を解決するためにも事前調査が必要」との説明を繰り返しただけだった。  そして、署名提出から10日後の12月20日、秋元市長は記者会見でこう述べた。 「(重金属が染み出した水を)大量に長年飲み続けるようなことをしなければ、健康に被害がないということを理解していただいていない」  これは、機構が住民説明会で用いた資料に書かれている「70年間、1日2リットルの地下水の飲用を想定し、一生涯その地下水を引用しても健康に対する有害な影響がない濃度」として設定されている、土壌汚染対策法や環境基本法で定められているさまざまな基準を意識したものだ。だがその水を飲むかもしれない住民にすれば、この発言はたまったものではない。 「行政は本来、民間事業者とは中立の関係にいるべきなのに、札幌市では『札幌市新幹線推進室』なる推進部署があります。私たちも北海道新幹線の実現に反対じゃないけど、住民が不安を抱いているのに、市が事業者の言い分しかくみ取っていないのは残念です」(Sさん)

北海道新幹線の開通と札幌オリンピックの開催は“セット”

北海道新幹線のルート図

北海道新幹線の計画ルート。途中の倶知安駅が有名なリゾート地のニセコのすぐ近く。新幹線が完成すると、札幌から倶知安までの電車での移動時間は今の2時間から30分程度にまで短縮されるという

 現時点において、札樽トンネルの一部区間では「守る会」の反対運動もあり、鉄道機構の望む「事前調査」は行われていない。それでも札幌市は2030年までの新幹線開通を望んでいる。2019年6月28日の定例会見で、秋元市長はこう述べた。 「オリンピック・パラリンピックの開催と、札幌と(リゾート地の)ニセコとが(新幹線で)30分以内でつながることが(現在約2時間)、北海道ブランドを高めるには必要不可欠と考えれば、2029年中には新幹線開業しなければいけない」  そして2019年11月11日、札幌市とJR北海道は「北海道新幹線の札幌開業や2030年のオリンピック招致を見据えた、札幌駅周辺の再開発計画の検討を開始する」と発表した。つまり、北海道新幹線の開通と札幌オリンピックの開催は“セット”なのだ。  だが、絶対に「事前調査」を受け入れない住民たち。その対処なのか、市は今年1月にこの件について金山地区など7700世帯に郵送で「北海道新幹線 トンネル掘削土受入候補地の事前調査に関するご意見募集について」という意向調査書を送った。  2月20日の締め切り日までに1000件超の意見が返ってきたという。どのような意見があるのかの問い合わせには、「数が多く、とりまとめに時間がかかっているので、結果報告にはもう少し時間がかかります」とのことだった。  新幹線推進室に詳しい市議会議員によれば、意向のほとんどは反対意見で占められているようだが、住民の一部が怖れるのは、「市が都合のいい意見だけを取り出して、『事前調査への理解が得られた』との結論にならなければいいのですが……」ということだ。  というのは、こういう意向調査をする一方で、市は「埋め立てが安全か危険かという技術論に市は介入すべきではない」として、住民と一度も話し合いをもっていないからだ。  札幌市は住民の意向を取りまとめた後に、考え方を市のウェブサイトで公表するというが、埋め立て地は新しい場所にすべきと判断するのか、現状のままで推進するのか。どちらの場合でも「守る会」や他地区の住民が何かしらの動きを見せるのは間違いない。  市の公表を待ち、その後の住民や市民団体の動きを今後も伝えたいと思う。 <文・写真/樫田秀樹>
かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。
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