メールソフト Thunderbird、仕様の度重なる変更にユーザーもアドオン開発者も悶々

メールイメージ

pixabay

「メーラー」というジャンルのソフト

 メーラーという言葉は、若い人には、そろそろ通じなくなってきているのではないか。メーラーは、パソコンにインストールして使う、メールを送受信するためのソフトだ。メールソフト、電子メールクライアントとも呼ばれる。  メール自体、コミュニケーションの手段として、以前よりも後退している。スマートフォンで使うメッセージソフトやSNSが、コミュニケーションの中心になっている。そして、メール自体も、Gmail などWebにデータを置いて利用する形態が一般的になっている。  ローカルにメールを全てダウンロードして、記憶領域を圧迫するなど愚の骨頂。古くから使っていた人でも、そう考えているのではないか。  昔はパソコンにインストールするソフトの中でも、メーラーは優先順位の高いものだった。一番多かったのは『Outlook Express』だろうか。それ以外にも、『Eudora』『Becky! Internet Mail』『EdMax』などを見かけた。少し変わったところでは『PostPet』もあった。今、こうしたメーラーを使っている人はだいぶ減っただろう。  『Thunderbird』というソフトは、こうしたメーラーにカテゴライズされる。私は、この『Thunderbird』を愛用している。そして振り回されている。  気まぐれな恋人に翻弄される健気な少女――。『Thunderbird』のユーザーは、そうした立場だ。あるいは、マゾヒズム的快楽に興じるディレッタントといったところか。このソフトは、山の天気のように気まぐれに拡張機能の仕様が変わる。  なぜ、そんなことになるのか。それは『Firefox』という、巨大で気難しいWebブラウザの兄がいるからだ。『Firefox』と『Thunderbird』は、兄弟のようなものだ。そして、彼らが所属する Mozilla 一家のお家事情は、古い貴族のような様相を呈している。  インターネット界隈の大きな一画である Mozilla 家の話を、『Thunderbird』を中心に少し語ろうと思う。

『Thunderbird』の生い立ち

 『Thunderbird』は2004年に誕生した。生まれた時の名前は違う。彼の名前は『Minotaur』と呼ばれていた。ギリシャ神話に出てくる、雄牛の頭を持つ人間の怪獣の名だ。『Thunderbird』は、Mozilla Foundation によって開発されて Mozilla ファミリーの1人となった。  兄の『Firefox』は、インターネットの中心で産声を上げた。1998年、Netscape Communicator のソースコードがオープンソース化されて mozilla.org が立ち上げられた。『Firefox』は、少し前の覇権ブラウザの血を引き継いだソフトウェアだ。  『Firefox』の初期の名称は『Phoenix』、エジプト神話の不死鳥の名である。『Internet Explorer』という新興貴族から領地奪還を目指す存在。このソフトは、2003年に『Firebird』になり、2004年に『Firefox』に改名された。そして、その年の11月にバージョンが1.0になった。  『Firefox』と『Thunderbird』は共通点が多い。画面を描画するレンダリングエンジンには『Gecko』(トッケイヤモリ)が用いられている。『Thunderbird』はメールクライアントだが、Webページを表示することも可能だ。それは、『Firefox』と同じコードが、多く用いられているためである。  誕生時は、Webブラウザとメーラーというインターネットの大きな領土を、2人で共同統治する意気込みがあった。当時は、Webブラウザーとともに、メーラーが多くの人に利用されていたからだ。  しかし、現在の状況を私たちは知っている。メールを送受信するソフトは、完全に斜陽のジャンルになった。そのため『Thunderbird』は、Mozilla ファミリーのお荷物になってしまった。まるで財産を受け取れない貴族の次男のようになり、一家の中で、扱いの困る存在になった。そして切り離しが模索され始める。  2015年の段階で、Mozilla Foundation の理事長が、「リソースを『Firefox』に集中させるために、『Thunderbird』を Mozilla から分離させたい」という趣旨の発言をした(参照:Google グループ)。  そして2020年の1月末に、Mozilla Foundation は子会社 MZLA Technologies Corporation を作って、『Thunderbird』を『Firefox』から完全に切り離した(参照:The Thunderbird Blog)。  兄に財産(リソース)を集中させて、弟には別の事業を始めさせるようなものである。Mozilla Foundation という家に生まれた『Thunderbird』と『Firefox』は、まるで貴族の兄弟を見るような人生を歩んでいる。
次のページ
ユーザーもアドオン開発者も悩ませるバージョンアップ
1
2