とある開発者、Thunderbirdの仕様変更に対応するためにクラウドファンディングを利用
さて、新しい家を作ることで、実家を出ることになった『Thunderbird』だが、彼の仕事は『Firefox』の影響を強く受けている。『Thunderbird』のプログラムの多くは、『Firefox』と共通の部品が使われている。そのため、『Firefox』の仕様が変わると、『Thunderbird』も変更が発生する。
『Thunderbird』が独立を宣言した日、「
一人の開発者が、クラウドファンディングサイト Kickstarter で資金を募っている」という記事が流れてきた(参照:
窓の杜)。
開発者は『Thunderbird』向けのアドオンを作っている人だ。アドオンとは、ソフトウェアに追加できる拡張機能のことだ。
『Thunderbird』には、多くの開発者が作った、様々なアドオンが存在している(参照:
Thunderbird向けアドオン)。メールを書くときのちょっとした補助をしてくれるもの、カレンダー機能を追加してくれるもの、インポートやエクスポートを手助けしてくれるものなど多彩だ。
こうした小さなソフトウェアを追加することで、『Thunderbird』ユーザーはソフトを自由にカスタマイズして使うことができる。これはかなり魅力的な機能だ。
しかし、この
アドオンがしばしば問題の種になる。『Thunderbird』ユーザーを振り回し、マゾヒズム的な苦難を要求する。
『Thunderbird』のバージョンアップとともに、これまで使っていたアドオンが使えなくなることが多々あるのだ。その度にユーザーは、アドオンのバージョンアップを待ったり、古いアドオンを無理やり使うプログラムを導入したり、代替のアドオンを探したりする。
この受難は、ユーザーだけに降りかかるわけではない。開発者にも等しく降りかかる。開発者はアドオンをバージョンアップするか、今後の公開を諦めるかを選択しなければならない。
開発者が、アドオンをバージョンアップするには、プログラムを書く時間がいる。その時間は、どこからともなく湧いてくるものではない。無料で提供するなら、プライベートな時間を削って作業する必要がある。
クラウドファンディングサイト Kickstarter で資金を募る開発者が出た理由はここにある。無償で『Thunderbird』の仕様変更に対応するのは大変だからだ。『Thunderbird』は、かくも悩ましい気まぐれなソフトウェアになっている。
こうした多数のアドオンを抱えたソフトウェアは、ソフトを作る開発者と、その周りのアドオン作者で、ゆるいエコシステムを作っている。多くは無償で提供されており、ユーザーに利便性を提供することで、尊敬や感謝を得る関係を構築している。それは一種のコミュニティと言える存在だ。
私も過去に、そうした人間関係に恵まれていた時期がある。私は『めもりーくりーなー』というソフトウェアを作って公開していた。そのソフトには、外見を自由に変更できるスキン機能を入れていた。そのスキンの作者の方々と、ゆるい輪ができていた。
そうした環境にいたから分かることがある。それは「
ソフトウェアのバージョンアップと、ユーザー拡張機能の整合性を取る難しさ」だ。
ソフトウェアが継続的に使われるには、環境に合わせて仕様を変更していかなければならない。コンピューターの世界や、インターネットの世界は、日々進化している。その変化に合わせて、ソフトウェアも改良していかなければ時代から取り残されてしまう。
問題は、コンピューターやインターネットの変化の速度が、想像よりも遥かに速いことだ。果敢に対応すると、内部仕様が大きく変わる。アドオンの仕様も変えないと、そこが開発のボトルネックになる。そして、多くの拡張機能の投稿が集まったあとに変更するのは困難だ。過去の資産を捨てることになりかねないからだ。
ソフトウェアの改良と、エコシステムのバランス維持は難しい。その中で『Thunderbird』は、ソフトウェアの改良に大きくハンドルを切っている。
ユーザー投稿のコンテンツを活用する際、途中でどのように仕様を変えるかは頭が痛い問題だ。
『Thunderbird』には、毎回振り回されているが、それでも使いづけている。そうしたユーザーがいる限り、古い仕様をばっさり切っていくのも、ひとつのやり方なのだろうと思う。
<文/柳井政和>