グレタ・トゥーンベリにビリー・アイリッシュ……。世界を席巻するティーンエイジャーの反抗

炙りだされたマチズモへの抵抗

 彼女たち、ひいては彼女たちに限らず、女性たちを取り巻く問題と言ってもいいのだろうが、ミソジニーやマチズモについての問題も記しておきたい。グレタ・トゥーンベリが、世界中のある層の男性から叩かれていることは周知の通り。彼女がタイム誌による2019年の「今年の人」に選ばれたことに対し、トランプ大統領が「アンガーマネジメントをしろ」と皮肉ったツイートをしたり、昨年夏のアマゾンの火災はNGOによるもの、と主張したブラジルのジャイール・ボルソナーロ大統領に「ガキ」と呼ばれたりとなかなかの叩かれぶりだ。彼女への攻撃が、こういうことをいうマッチョな男っているよね、いやだよね、という既視感を感じさせる。右派は子どもをどう見るか、女性をどう見ているか、マッチョな男は子どもをどう見ているか、グレタ・トゥーンベリが炙り出している。  かたやビリー・アイリッシュについて見てみよう。彼女は、自分がバギースタイルと呼ばれる体のラインが出ないオーバーサイズの服装をしているのは、体のラインを見せなければ痩せているとか太っているとか言ってこない、ということのあらわれだと述べている。両者を見て考えられるのは、グレタ・トゥーンベリがマチズモをあぶり出し、ビリー・アイリッシュがそれに対しての女性の抵抗の形をひとつ提示する、という構造だろうか。

Z世代の革命

 ともあれ、ちょっと世間との「ズレ」もある10代の女性2人が同世代の支持を受け、世界を席巻していることは確かだ。今時の10代をZ世代なんて言い方もするけれども、とにかくティーンの「革命」が世界に衝撃を与えていることと、このようなティーンに限らず、若者たちの「革命」や「社会変革」を求める動きは、ずっと歴史のなかに繰り返し寄せては返す波のように存在していたことを指摘しておきたい。  世代論になってしまうが、彼女たちのようなティーンエイジの親や祖父母たちの世代がどういうものだったかということについて考えるのも無益ではないだろう。祖父母の世代でいえば、1968年のパリ五月革命や全共闘運動など、怒れる若者たちが世界中で行動した時代が存在したが、50年前に社会変革を世界中で求めた若者たちが今時の10代の祖父母だったと言うわけだ。そして、今時の10代の親世代は、たとえば1999年のシアトルに代表されるような90年代以降の反グローバリズム運動が世界的に高揚した時代に生きた世代である、ということを指摘しておいてもいいだろう。  ともあれ、これまでの社会的な観念や常識から距離を置くことができる、彼女たちのような10代のアクティビストやアーティストが声を上げていくのが2020年以降の世界なのだ。 <文/福田慶太>
フリーの編集・ライター。編集した書籍に『夢みる名古屋』(現代書館)、『乙女たちが愛した抒情画家 蕗谷虹児』(新評論)、『α崩壊 現代アートはいかに原爆の記憶を表現しうるか』(現代書館)、『原子力都市』(以文社)などがある。
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