新型コロナ解説で「安倍批判は控えてほしい」と某局ディレクターに言われた<上昌弘氏>

政府の対応に医学的根拠はない

―― 政府の専門家会議は2月24日に「この1~2週間が感染拡大のスピードを抑えられるかどうかの瀬戸際だ」という見解を発表しました。 :根拠が分かりません。そもそも日本では検査体制が不十分なので、感染拡大のスピードが把握できていない。それだから、そもそも「瀬戸際」かどうかも分からないはずです。実態を把握しない限り、感染拡大のスピードを抑えるというような議論は成り立たないと思います。 ―― 政府は26日にイベント自粛を、27日には全国の小中高校に一斉休校を要請しました。 :イベント自粛に感染拡大を防ぐ効果があるという研究や論文は見たことがありません。常識的に考えれば感染の機会を減らすかもしれませんが、医学的な根拠はないと思います。  一斉休校も同様です。確かにインフルエンザの感染が起きた学校を休校にすることには、感染拡大を防ぐ効果があることが証明されています。しかし感染が起きていない学校を休校にすることで感染を予防できるかどうかは別の問題です。今回、安倍総理は感染の有無にかかわらず、全国一律に休校を求めましたが、医学的な根拠はよく分かりません。  一斉休校に根拠がないならば、学校再開にも根拠がないことになります。今後、安倍総理はどういう理屈で学校を再開するつもりなのか。皆目見当がつきません。

「研究」を優先した結果、医療現場は大混乱

―― 日本は他国に比べてPCR検査の件数が少ないのも問題です。たとえば2月下旬の時点で韓国は約6万7000件検査しているのに対して、日本はクルーズ船を含めても約6200件にすぎませんでした。 :たったそれだけの検査では、感染状況の実態を把握することはできません。これまで明らかになった感染者は氷山の一角にすぎない。日本の感染者の数は過小評価されているのです。  そもそも政府は「重症者を検査・治療する」という方針にもとづき、検査対象を厳しく限定してきました。PCR検査がうけられるのは保健所(帰国者・接触者外来)で必要が認められた重症者だけ。無症状や軽症の患者は最初から無視するということです。  現に政府は1日約3800件の検査が可能だと説明していましたが、実際には1日数百件の検査しか実施していませんでした。政府に感染者の人数を把握するつもりがないのは明らかです。 ―― 政府が検査件数を増やさないのは感染者を少なく見せたいからではないかという疑念も生まれています。なぜ政府は検査を拡大しないのですか。 :私にも分かりませんが、強いていえば感染研は医療機関ではなく研究機関なので、情報と予算を独占して実態把握や患者の治療よりもウイルス研究を優先したいという思惑があったのではないかと思います。  いずれにせよ、患者の治療に支障が出ているのは事実です。実際に検査基準が厳しすぎて、主治医が必要だと判断しても保健所が検査を拒否するという事例もありました。医師の立場からすると、患者の治療のためにPCR検査の拡大は絶対に必要です。 ―― ただPCR検査の拡大には問題点が指摘されています。PCR検査を幅広く行った韓国やイタリアでは、新型コロナの患者数が激増して医療現場がパンク、医療体制が崩壊したと報道されています。 :PCRを増やすことと、医療現場がパニックになるのは次元の違う話です。陽性になっても治療が不要な人は入院してもらわなければいいのです。  ただ、それにしても日本の検査件数は少なすぎです。重症者しか検査しないということは、無症状や軽症の感染者は放置するということです。これでは感染は拡大する一方です。PCR検査を全員にする必要はありませんが、担当医と患者が希望するものは第三者が拒否してはなりません。PCR検査は拡大する必要があります。  政府もやっとそれを認めたのか、3月8日からはPCR検査が保険適用になり、それに伴って感染研・保健所以外でも検査をうけられるようになりました。韓国、アメリカ、イギリス、ドイツなどではドライブスルーのPCR検査も導入されています。他国の知見も活かしながら、今後とも検査体制の充実を図っていくべきです。 ―― 政府は患者の治療を後回しにしてきました。 :最大の問題は、政府が1月23日に新型コロナウイルスを結核などと同じ「指定感染症第2種」に指定したことです。そうすると、指定感染症の患者は隔離病棟など特殊な設備をもっている国の指定医療機関に隔離されることになります。第2種に対応できる指定医療機関は全国に348か所あります。  つまり、第2種に指定したことで、新型コロナの患者は全国に348か所しかない特殊な医療機関でしか対応できず、一般の病院では対応することができなくなったということです。  その結果、医療現場では大変な混乱が起きています。すでに一般の病院やクリニックでは感染の疑いがある患者を受診拒否したり、院内感染が発覚して病棟を閉鎖したり診療を休診したりする事態になっています。  しかし本来、新型コロナはインフルエンザのような病気です。それが結核などと同じ第2種に指定されてしまったから、新型コロナの感染者が見つかる度に医療現場がストップしてしまうのです。現場の医師たちは「とにかく第2種指定を外して、インフルエンザと同じような扱いにしてくれ。これでは身動きがとれない」と悲鳴をあげています。  「重症者の検査・治療を行う」という方針やPCR検査の限定的実施、「指定感染症2種」への指定などは、いずれも患者の治療よりもウイルスの研究を優先したものです。その結果、患者の治療は後回しにされ、医療現場では混乱が起き、患者が困っているのです。政府は従来の方針を転換して、治療体制の確立に全力をあげるべきです。 (3月11日インタビュー、聞き手・構成 杉原悠人)
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2020年3月号

【特集1】亡国の淵に立たされた日本
亀井静香/石破茂/玉木雄一郎/中村慶一郎/上昌弘/三橋貴明/小林節
【特集2】民営化とは私物化するということだ
稲村公望/小林興起/安田浩一/岸本聡子