共同生活では、酒、タバコ、恋愛、カラオケなど世俗的なことは禁止される。
「破ると警告を受け、3回受けるとしばらく謹慎を命じられます。特に
恋愛は、26歳までは禁止(※27〜30歳までという説もあり)。別れたり三角関係になると活動に支障が出るからという理由です。こっそり付き合う人も中にはいますが、
バレると集会のスクリーンで二人の顔がドーンと映し出されてしまう。でも、大体はバレます。晒されるくらいなら……と、バレる前に自己申告するカップルもいます」
さらに不可解なことに、
別れるのも禁止だとか。
「理由はよくわかりませんが……別れて気まずくなっても宗教活動に支障をきたすから、付き合った以上は別れるなということなのだと思います」(同)
教団内で仲が良かった人たちもいるが、「裏切り者」との連絡はご法度。3回警告を受けたら退会処分となるため、パクさんからの連絡に彼らが応じることはもうない。
「彼らが気の毒で、心が痛い。直接話しても効果がないので、どうすることもできません」
元信者らによると、「脱洗脳」が完了するまでの期間は
「大体2〜3日」。
期間には個人差があるだろうが、やけに短かい。筆者の目には、彼らは“洗脳”されていたのではなく、
「より信じられる何か」を求めて迷走していたようにも思えてならない。
教団に入ってしまう深いところの理由を、元信者らは「確かに
社会への不満や、現実逃避があったと思う」と話す。
「新天地が聖書どおり完成されれば、ここで栄華を極められるのだと思ってしまう。頑張れば教団内で格が上がるし、『福』がもたらされるのだと。それが具体的にはよくわからないんですけどね」(25歳元信者)
実際に、韓国の若者が直面している苦境は世界に類例がない。代表例が、未曾有の就職難だ。
1997年のIMF危機を境に経済の低迷が続き、2000年からは青年失業率が上昇の一途を辿っている。原因は複合的だが、
世界トップレベルの社会格差と、学歴による過当競争が挙げられる。
昨今活躍する韓流スターの派手さとは裏腹に、韓国では「大学を出て、安定した良い職(大企業)に就く、または公務員になる」ことが一番の成功とされる向きが今だに強い。
ただし、大企業は国内のわずか0.1%で、確実に就職できるのは上位数大学の卒業者のみというのが現実だ。
そのため
国内の7〜8割を占める大卒者の多くが中小企業に就職するか、非正規雇用の職に就く。ちなみに
中小企業は、30代で年収300万円台がやっと。多くの若者が学業に費やした労力に見合わない収入に甘んじ、不平を募らせることになる。
さらに韓国の賃貸制度では、家を借りる際に数十万円〜数百万円のデポジットが必要になるため、結婚も容易ではない。
このような八方塞がりの中、韓国の若者は「
恋愛、結婚、出産」の3つを放棄せざるをえない「
3放世代」と呼ばれていたが、昨今はそこに「
就職、家、夢、人間関係」を加え「
7放世代」とされるようになった。
そんな中、新天地が社会的に虐待を受けているといっても過言ではない、韓国の多くの若者のニーズを満たしたのは事実である。特にリーマン・ショック後の2009年から爆発的に信者数が伸びていることからも、その一端を窺うことができる。
社会不安心理をどう鎮静化するのかも、韓国社会が直面する課題だといえる。
<取材・文/安宿緑>
ライター、編集、翻訳者。米国心理学修士、韓国心理学会正会員。近著に「
韓国の若者」(中央公論新社)。
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