新型コロナウイルスによる「緊急事態」の宣言。起こりうる「人権の停止」に抗うために。

休校イメージ

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photo by 吉野秀宏 / PIXTA(ピクスタ)

はじめに――突然の学校休業

 2月27日、安倍晋三首相は、新型コロナウイルス感染症対策のためとして、全国の小中高校に対して、3月2日からの臨時休校を要請した。この決断は唐突に行われたもので、与党議員ですら、その多くが事前に知らされてはいなかったという。  学校や教育委員会も寝耳に水であった。まして現場の教員たちは、その日の夜、ネットやテレビのニュースで初めて知るといった有様であった。ただでさえ学期末で成績評価や行事などが立て込んでいるこの時期のことである。テストはどうなるのか。卒業式はどうなるのか。学校は短期間に判断を迫られることになり、各地で混乱が起こった。  問題は山積みである。たとえば非常勤の教員の給与保障はどうなるのか。非常勤の教員はコマあたりで給与が支給されるため、学校が休業するとなると生計が成り立たなくなってしまう。すでに発注してしまった分の給食の食材はどうなるのか。大量の牛乳は廃棄するしかないのか。給食がなくなった場合、それらを貴重な栄養源にしているような子どもの食事はどうなるのか。  共働き世帯やシングルペアレント世帯で、子供に留守番をさせることができない親たちは、学校の代わりに子供を預けることができる場所を急遽探さねばならなくなった。生活に余裕があれば最悪仕事を休むことで対応可能だろうが、ギリギリの生活で仕事を休むことができない一人親家庭は、それも困難である。  29日、安倍首相は改めて記者会見を開いたが、この臨時休校に至った経緯についての具体的な説明はなく、また、臨時休校によって困難な立場に立たされてしまう人々について、具体的な支援策を述べることはなかった。

休校要請の法的根拠?

 そもそも、今回の首相の要請には、いかなる法的根拠があるのか。学校保健安全法第20条は、学校の感染症予防上の臨時休業を可能にしている。ただし、それができるのは学校の設置者である。たとえば公立の小中学校において、その設置者は地方公共団体の教育委員会にあたる。つまり、首相には臨時休業を決定する権限はない。 2012年、民主党政権の時代に制定された新型インフルエンザ等対策特別措置法を援用すれば、内閣総理大臣は「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を行うことができる。しかし、それでも直接的に臨時休校を命じることができるのは都道府県知事などであって、首相ではない。そもそも政府は現時点で特措法の適用を行っておらず、新法の制定を急ぐとしている。  従って、2月27日時点での首相の臨時休校要請は「法の外」においてなされたものと考えるほかはなく、少なくとも政府のほうでもそれを認識しているからこそ、表現が「要請」にとどまっているともいえる。  にもかかわらず、首相の「超法規的」要請は、事実上の法として機能した。この要請を受けて、3月2日もしくは初週からの臨時休業に踏み切る自治体がほとんどであったのだ。教育行政は理念としては地方分権を原則とするとはいえ、自治体の教育委員会が国家の要請を跳ね付けるのは困難である。まして、旧教育基本法を改正して、中央政府が各地の教育により干渉しやすくしたのが、他ならぬ第一次安倍政権である。そのような背景のもとで、首相が公に発表した「要請」は単なる要請でしかないのだから、休校を決定する権限はいまだ各自治体に留保されていると考えるのは、あくまでも建前でしかない。
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自己拘束なき行政権力
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