AIは音楽と人、世界の繋がりをどう変えるのか?「HUMANOID DJ」の生みの親、エイベックス油井誠志さん<新時代・令和のクリエイターに聞く4>

サウンドスケープが原点に

――油井さんは音大のご出身ですが、ミュージシャンの道は考えなかったのでしょうか。どのようにしてレコード業界に入ることになったのかをお聞かせください。 油井:先程お話した通り、サウンドスケープを学んでいたことが大きいですね。サウンドスケープは環境にフィットした音楽の配置を考えることも目的としています。大学時代は、音楽が音楽以外の建築やDTPなどにどのようにフィットするのか、その掛け合わせで何が生まれるのかについて考えていました。  そのうちに、曲を作って演奏するミュージシャン以外の道もあるのではないかと思い始めたんですね。学生時代は自分も音楽を作っていたので、自分の限界も分かっていました。ジャズやクラシックは超一流じゃないと食べていけません。お金になる音楽はポップスでしたが自分はポップスで表に出ることには難しいと考えたので、サウンドスケープでの学びや音楽の経験を生かそうとプロデューサーを目指したんです。 ――HUMANOID DJと同じくやはりサウンドスケープが原点なんですね。 油井:大学を卒業後、5人しかいないインディーズのレコード会社に入社してパンクばかりを手掛けていましたが、その時に感じたのは、音楽を作るだけではダメだということでした。伝え方が下手だと売れません。売れないということは次が作れないんですね。  逆の立場も経験して同じことを感じています。2002年始まった「着うた」サービスの立ち上げのために、エイベックスに入社しましたが、2001年末に有料音楽配信サイトのレコチョクが登場、ヒットしたこともあって、音楽の届け方が変わり始めた頃でした。  その頃は制作側ではなく、配信側にいて音楽の届け方を考えていました。その時にもクリエイターがどんなにいいと思っていても、プラットフォーマーが欲しがるコンテンツでなければ日の目を見ないということが良く分かったんですね。その部署には5年間いたので、売れる音楽の感覚は分かるようになっていました。それで自分でもまた制作にチャレンジしたいと思って異動願いを出して制作に来たんです。

これからの音楽業界に期待する人材像

――今日のお話で音楽業界にも変革が求められているということが良く分かりましたが、これからの音楽業界に求められる人材についてお聞かせください。 油井:仕事のやり方には「自分のやりたいこと」を極めるやり方もあります。でも今、自分が置かれている環境に必要なものは何かという視点から"Wants"を探して形にするやり方もあるんですね。  3年ぐらいで仕事のあり方が変わる時代に、23歳の時点で身に付けていたことだけで40代、50代その先まで仕事をしてはいけません。時代に合わせて仕事をアップデートすることが必要な時代です。なので、どんなお題を出されても、そこをクリアしながら自分の個性を出して、自分のやりたいことをやれる人が強いと思います。  音楽の会社に入って来る人間は、「人を感動させたい」「アーティストを世に出したい」といいった目的を持っています。それは良いことなのですが、その目的に対して自分にどんな武器があってどういうアップデートをできるのか、そこを考えて欲しいですね。そのアップデートの仕方がその人の個性なんじゃないかと思っています。 ――それは音楽業界に限ったことではないですよね。 油井:これからの時代は自分の仕事のジャンルに関係なく話せる能力が必要なんです。音楽は特にそうで、届ける先の人は全ての職業の人なんです。全ての職業人にコネクトできる作品を作れる人でなければならないですね。  ということは、一緒にビジネスをするパートナーも全ての職業の人ということになります。今、A&R(Artist&Repertoire)という役割を担っていますが、言わば他のジャンルの方々との通訳みたいなものです。自分で音楽を作るわけではないのですが、アーティストが作った作品をマネタイズして、クリエイティブを掛け算する仕事です。  例えば、自動車業界と街のパン屋さんが何かしたいとなった時にそれをつなぐのが音楽なのかもしれません。ライドシェアの自動車で複数のパン屋さんが街に出てパンを売ったり、自動運転車でパンを売ったりするようなこともあるかもしれない。そこにHUMANOID DJを搭載することも可能です。その時には、自動車業界の言葉とパン屋さんの言葉を「音楽」に引き直して考える通訳が必要ですよね。  これからはそれをできる人が求められていますし、自分もやってみたいと考えています。5年後、音楽の仕事をしたい人は、ひょっとしたら音楽業界にいる必要はないのかもしれません。音楽業界だけにいると視野が狭くなるので人材のトレードのような試みもあるといいですね。

垣根を越えて世界を音楽でつなぐ

――確かに、そういう時代が来ていますね。 油井:インターネットによって業界の垣根が溶けて来た今、人もプロジェクトも「自分たちだけで何かやる」というのでは生き残れません。自分たちの会社、業界だけで何かをやろうとする時代はもう終わりました。変なプライドや縄張り意識は捨てて、世の中の人を楽しませようとする姿勢が大切なのではないでしょうか。幸い当社は若い会社でそういう気概に溢れた人材も多いと思うので、それを活かして新しいことにチャレンジしていきたいです。 ――最後に、新しい時代における音楽の伝え方についてお聞かせください。 油井:ITはもちろん、AR(拡張現実)、VR(仮想現実)の登場で音楽を配信するデバイスも増え、音楽の聴かれ方も変わってきました。でも、結局、人と人のつながりの中で音楽は伝わっていくのだと今は感じています。そうしたことをふまえると、音楽に限らず、エンタメはどんどんアナログに戻って行くのではないでしょうか。  その中で「より良い音楽の伝え方」を考えた時、必要なのは「人間力を高められる環境を作ること」だと感じます。  今、国立音楽大学の非常勤講師をしていますが、今後社会に出て来る人たちがそういうマインドを持って仕事をしてくれることで、音楽にとっても、そして社会にとっても物事が良い方向へ変わると信じています。これからの社会を生きる人たちにはテクノロジーに捉われるのではなく、人間にとってより良い環境とは何かを考えて活躍して欲しいですね。 <取材・文/熊野雅恵>
くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。
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