パスポートを発給拒否する外務省のおかしな「理由」<安田純平氏緊急寄稿>

国家は人間の移動の自由をどのように制限できるのか

 ここ1、2年の間に、外国に渡航した際に入国拒否された後に旅券を没収される事例が複数起きている。「旅券法13条1項1号に該当」を理由に、同19条1項「外務大臣又は領事官は、次に掲げる場合において、旅券を返納させる必要があると認めるときは、旅券の名義人に対して、期限を付けて、旅券の返納を命ずることができる」の2号「一般旅券の名義人が、当該一般旅券の交付の後に、第13条第1項各号のいずれかに該当するに至つた場合」にあたるとしている。  旅券法13条の1号以外の規定は、日本の法律で有罪判決を受けた場合など厳密な司法の手続きが必要であったり、国益や公安を害するという直接的で具体的な相当の根拠が求められたりと、発給拒否や返納命令の発動はハードルが高い。  しかし、1号ならば他の国の都合でしかなく、入国禁止にされた日本人がそれを覆すのはかなり困難だ。そして、日本側から他の国に対し、「この人物を入国禁止にしてほしい」と言われれば、よほどの理由がなければあえて拒否する国はそうそうないだろう。日本政府が渡航制限をしたい人物を狙い撃ちにすることも難しくない。  他国が日本人を入国禁止にするかどうかはその国が勝手に行っていることであり、妥当であるかどうかも不明で、日本側がそれに合わせて旅券発給や制限をする必要はない。その根拠である旅券法13条1項1号は存在意義自体が疑わしいが、海外渡航を制限する手段として当初の立法目的から逸脱して便利に使われているように見える。  国を相手に提訴するなど、面倒なことはしたくない。しかし、トルコが入国禁止にしているという事実があるのかどうかもわからないし、理解に苦しむ解釈によって旅券発給拒否されたことを考えると、この先、発給されることがあるのかどうかもわからない。人質事件に区切りをつけたくても強制的に思い出させられ、背負わされ続けている状態で、これらを解消するためには裁判を行うしかない。  新型コロナウイルスの感染拡大で日本からの入国を制限する国も出てきた。人間にとって移動の自由とは何なのか。国家はそれをどのように制限できるものなのか。すべての人間にかかわる問題であることを認識してほしいと願っている。 ※旅券法第13条1項 外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。 1 渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者 2 死刑、無期若しくは長期2年以上の刑に当たる罪につき訴追されている者又はこれらの罪を犯した疑いにより逮捕状、勾引状、勾留状若しくは鑑定留置状が発せられている旨が関係機関から外務大臣に通報されている者 3 禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者 4 第23条の規定により刑に処せられた者 5 旅券若しくは渡航書を偽造し、又は旅券若しくは渡航書として偽造された文書を行使し、若しくはその未遂罪を犯し、刑法第155条第1項又は第158条の規定により刑に処せられた者 6 国の援助を必要とする帰国車に関する領事館の職務等に関する法律第1条に規定する帰国者で、同法第2条1項の措置の対象となつたもの又は同法第3条第1項若しくは第4条の規定による貸付けを受けたもののうち、外国に渡航したときに公共の負担となるおそれがあるもの 7 前各号に掲げる者を除くほか、外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者 <文/安田純平(ジャーナリスト)>
ジャーナリスト。1974年埼玉県入間市生まれ。一橋大学社会学部卒業後、信濃毎日新聞に入社。在職中に休暇をとりアフガニスタンやイラク等の取材を行う。2003年に退社、フリージャーナリストとして中東や東南アジア、東日本震災などを取材。2015年6月、シリア取材のためトルコ南部からシリア北西部のイドリブ県に入ったところで武装勢力に拘束され、40か月間シリア国内を転々としながら監禁され続け、2018年10月に解放された。著書に『シリア拘束 安田純平の40か月』(扶桑社)、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』『自己検証・危険地報道』(ともに集英社新書)など
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