旅券発給拒否の根拠とされた「1号」はすでに存在意義がない
1951(昭和26)年の旅券法成立過程の議事録「第12回国会 衆議院 外務委員会 第7号 昭和26年11月13日」
結局、外務省がなぜ旅券発給拒否をしたのかは現時点で判然としない。そもそも、他国が日本人を入国禁止にするかどうかはその国が勝手にすることであって、日本側がそれに合わせる必要はないはずだ。にもかかわらず1か国が入国禁止にしたことを理由に旅券そのものを発給しない法律がなぜ存在するのか。
旅券法が成立したのは1951(昭和26)年、連合国軍総司令部(GHQ)統治時代である。海外渡航する人がまだほとんどいない時代で、当時発給したのは1つの国に1往復だけ有効な旅券だった。渡航先の国が入国禁止にしていることが事前にわかっているなら旅券を発給すること自体が無意味だったわけだ。
旅券法成立当時の衆議院外務委員会で政府委員は、旅券発給を制限する場合の基準について以下のように説明している。
「旅券は国内に発給いたします公文書とは性格が異なつておるのでございまして、相手国がございます異常は、自国の国内法や国内事情だけからでなく、やはり渡航先の国内法あるいは国際事情、そういうものも考慮に入れて発給する必要があるわけであります。例をあげますと、渡航先の国が、法令によりましてその入国を禁止しておるものに対してこちらで旅券を出しますと、渡航先の出先官憲は査証をいたさないということになります。
これがために本人が手数料を払いましたり、いろいろな手続に時間や費用を浪費するということになります。またもしこの事実を渡航先の国の出先の官憲が気づかないで査証を与えたといたしますと、
本人は知らずに日本を出て行く、そうして渡航先の国の上陸港に到着する、もとよりその国の法規によつて入国が禁止されておりますから、また引返して行かなければならぬ、そういうことにもなるわけであります」
これ以外に13条1項1号にかかわる説明はない。つまり、渡航先の国が入国禁止なのに旅券を発給すると、ビザが出ないにもかかわらず知らずにビザを申請して手数料が無駄になる。また、渡航先の国の役人が、その人が入国禁止であることを知らずにビザを出した場合、本人がその国に行っても入国できずに帰ってこなければならない。
13条1項1号の立法目的は、このように
本人が時間や費用を浪費することを防ぐことにあったわけだ。そんなことは本人の自由なはずで、余計なお世話としか言いようのない規定である。
その後、海外渡航が一般的になって旅券法が改正され、現在は有効期限10年の数次往復旅券の発給が原則になり、本人が希望するか20歳未満の場合には有効期限を5年とすることになっている。旅券自体が立法当時とは異なっており、そもそもの立法目的からしてあってもなくてもよいような規定である13条1項1号は、その立法目的から見ても存在自体に意義がなくなっている。
旅券について外務省はホームページで「海外旅行に必要なパスポート。それは日本政府が、海外であなたが日本人であることとあなたの氏名・生年月日などを証明する国際的身分証明書です。また、万一何かが起こったときに渡航先国政府に対してあなたに必要な保護と援助を与えるよう要請する重要な公文書です」と説明している。
移動の自由は人間が生まれながらに持つ重要な権利であり、日本国憲法もこれを保障している。海外渡航に必須である身分証明書の発給制限は相当に慎重でなければならないはずだ。
「存在意義のない13条1項1号はその自由を制限する根拠として不当であり、違憲であるため、その13条1項1号に基づく旅券発給拒否は不当であり、通常の旅券を発給すべきだ」というのがこちらの主張の趣旨である。また二次的要求として
「13条1項1号が合憲であるとしても、トルコだけ渡航先から除いた旅券の発給は可能なはずだ」と訴えている。
これまでも、トルコなど外国で入国禁止措置を受けた人でも通常の旅券が発給されたり、渡航先の制限が付いた旅券が発給されたりしている。発給拒否をした筆者の場合と他の人との違いをどこでつけたのか、審査基準は明らかにされていない。