ここまで読んできて、「業務内容が変わらずに賃金が100円上がっているのならいいのではないか。最低賃金との格差を気にする意味はあるのか」と疑問に思う方もいるかもしれません。この点について賃金の原則に立ち返って考えてみましょう。
国際的に認められた賃金原則は、「同一価値労働同一賃金」です。これはすなわち、賃金は労働者が行っている労働の価値(労働の難しさ、きつさ、責任など)が同一の場合には同一の賃金が支払われねばならないという原則です。反対に言えば、より難しい、より責任の重い、よりきつい仕事を行っている労働者にはそれだけ高い賃金が支払われるべきということです。
したがってこの同一価値労働同一賃金の原則は、ある労働者の賃金は、他の労働者の賃金と比べてどの程度高く・低くあるべきかを、「労働の価値」を基準に判断する原則だと言えます。
最低賃金は、あらゆる労働に適用される最下限の賃金です。より具体的にいえば、最も簡単で、最も軽度で、最も責任の軽い仕事の賃金です。同一価値労働同一賃金原則からすれば、よりきつい、より難しい、より責任の重い労働を行う労働者には、この最低賃金に上乗せした賃金が支払われるべきとなります。ですから最低賃金との格差を問題にすることは、同一労働同一賃金原則からすれば当然のことなのです。
小田急電鉄は、現在の学生駅員の賃金は「最低賃金と十分な格差があり妥当である」としています。しかし、10年前には業務内容はほとんど変わっていないにもかかわらずその格差ははるかに大きいものでした。学生ユニオンは「学生駅員の労働に伴う責任の重さを考えれば、最低賃金との格差は小さすぎる」として賃上げを要求しています。果たしてどちらの主張が妥当でしょうか。
小田急電鉄の学生駅員のような問題-最低賃金の上昇によりかつての最低賃金との格差が縮小し賃金についての不満が生ずる-は、この間、小田急電鉄以外にも、あるいは鉄道産業以外にも広がっていると思われます。
図表1では神奈川県の5人以上企業の時給分布と最低賃金との関係が2007年と2017年について分かるようになっていますが、これを見ると、2007年から2017年年にかけて、最低賃金付近の労働者が急増していることが一目瞭然でしょう。「最低賃金よりもちょっと高い賃金の仕事」から「最低賃金すれすれの仕事」への変化が大規模に生じています。
これは最低賃金の上昇に応じた賃金格差の調整が行われていないことの現れですが、この賃金格差の調整は自然には行われません。労働組合運動によって行われる必要があります。
例えば戦後のイギリスでは、下層労働者がインフレによる生活費の高騰に応じて賃金の引き上げを勝ち取ると、より高い熟練の仕事に就く労働者が、「従来の下層労働者との賃金格差を維持せよ」と賃上げ運動を行い、その賃金格差を調整していました。
この間の日本では最低賃金引き上げの運動が様々に形成され始めていますが、これに呼応して最低賃金の上昇に応じた賃金格差の調整を担う労働運動が必要ではないでしょうか。実際、筆者が事務局次長を務める首都圏青年ユニオンでは、「労働に見合った賃金を」という要求とそれに基づいた運動に取り組み始めています。このような運動が普及していく必要性と可能性が、この間大きく広がっているように感じています。
<文/栗原耕平>
1995年8月15日生まれ。2000年に結成された労働組合、首都圏青年ユニオンの事務局次長として労働問題に取り組んでいる。