それは死についてもそうだ。よく日本のメディアや一部の「有識者」たちは、「彼らが死を覚悟している」とヒロイックに語りたがるが、それはアグネス・チョウを香港デモの女神と喧伝するのと同じように、外野からの一方的な押し付けにすぎない。ばかばかしいものだ。そんなファナティックな時代ではない。
POLYU 香港理工大学が警察に封鎖された時、マスコミへの退去勧告を聞き逃した私も一緒に閉じ込められた。すでに実弾発射警告が出された学内で、唯一の日本人だった私にプロテスターたちは詰め寄ってきた。「頼む。日本人。警察がメディアを出したということは、彼らは今夜、僕らを殺すということだ。でも、日本人であるきみが、まだここにいることが外に伝われば、僕らも殺されずにすむかもしれない、、、どうか、外の世界に、きみの存在を発信してほしい。そして、日本領事館へ電話してアピールしてほしい」彼らは泣きそうな表情で、私にそう懇願してきた。
デモ参加者が筆者に託したメッセージ
これがその時の動画だ。そこにいる誰もが皆、必死で生きようとしていた。命を捨てようとする者などひとりもいなかった。生き残るための道を探していた。生にしがみついていた。気づけば、私自身もそのひとりだった。
あの夜、何があったかはまだ書くことができない。ただ、あの夜、彼らと一緒に食べたカップラーメンの味と、「あなたは命の恩人だ」と震えながら、ある香港人がおごってくれたコーラの味は、生涯、忘れることがないだろう。簡単に、命がけだ、死を覚悟などと言ってほしくない。命からがらだ。這ってでも、下水道通ってでもみんな生きようともがいた。
生きるために、
よりよく生きるために彼らが抵抗しているということをこれを読んでいる人々はどうか忘れないでほしい。
僕らは覚醒した、きみたちはどうだ?--。
香港のデモには今のところ終息の気配がない。30代のある香港人男性Dは言った。
「今は黄色経済圏(黄色が民主派、青が親中派)をより強くするしかない。デモ隊支持を表明してる店でしか食べない。近くにないときは水で我慢する(笑)。そうやって、消費の中から変えていくのが大事なんだ」
確かに黄色の飲食店には連日行列ができていた。今は、どこが黄色の店かすぐにわかるアプリも登場した。
彼らは多くの犠牲を払ったが、大きな誇りに満ちているように感じた。
それは中国本土、広東省にデモが広がったことも大きい。
「彼らも僕らと同じ、時代革命というスローガンを使っている。僕らは確実に影響し合っている。このつながりは今、水面下で強くなりつつある。去年の今頃、香港がこんなふうになるなんて、誰も予想しなかったでしょ?僕ら香港人だって誰も予想してない(笑)。 ということは、来年、中国が無くなったって不思議じゃないんだ。まだ、始まったばかりだよ。 僕らは覚醒した。
怖いけど、何もしなくてもどうせ怖いんだから、行動したほうがマシなんだよ」
そう言った彼の横顔には、不思議なほど自信が満ちていた。本当は圧倒的に弱いはずの者たちが、ここまで希望を持って胸を張って暮らしている。今、香港市民たちは漠然とした希望に満ちている。学習性無気力に支配された日本人たちには理解しがたいことかもしれない。
しかし、僕にはその意味がなんとなくわかる。僕も同じ空気を吸ったからかもしれない。それは今の香港に催涙ガス以上に充満する、希望の空気、成功体験に満ちた空気だ。おれにはできる。私にはできる。という漠然とした明日への信頼。この空気、そして先ほどのネットを使ったいくつもの方法論。これは今の日本に、沖縄に、大きく活かせるものだと確信している。新しい時代。それを切り拓くアイディアと活力が今、香港に満ち満ちている。
<取材・文・撮影/大袈裟太郎>
おおげさたろう●1982年生まれ。本名、猪股東吾。リアルタイムドキュメンタリスト/現代記録作家。ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り「フェイクニュース」の時代にあらがう。2020年6月よりBLM取材のため渡米。
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