麻薬潜水艦、計9000km航海の報酬は10万ドル。しかし、トラブルで空気も食料も水も危機的状況になっていた

空気、食料、飲料水の危機! 命がけの航海

 航海を始めて10日目に最初の問題が発生した。空冷式のエンジンに空気を送り込む2本のパイプが破損。その影響で艦内で呼吸するのも難しくなった。エクアドル人の一人は機関士であるにもかかわらず修理することができなかった。その為、毎日数時間ほどハッチを開けて艦内に空気を送り込むようにして航海せねばならなくなった。  次に問題が起きたのは強い波を受けて船体に密着させて積んでいた食料庫と飲料水タンクが波にさらわれたことであった。その後、オイルタンクも破損して艦内がオイルでコカインの束までしみ込んでしまうようになった。ということで、ガリシア沖合まで到着した時は手元にブラジルのブランドの板チョコが僅かに残っていただけだった。  ポルトガルのポルトの沿岸に着けようとしたが、うまく行かず、数日間異なった麻薬組織と連絡を取ってコカインの引き渡しを交渉したが誰も引き取りに現れなかった。  そこで彼らはガリシアの北部の都市フィステッラからビゴ市の対岸のアダン沿岸までの75キロ間を6日間航海して積荷を受け取りに来るのを待っていた。ガリシア地方の沿岸が麻薬の陸揚げ地としてスペインで最初に発達したのは日本の三陸のリアス式海岸のようになって入江が多く警察の警備から逃れ易いからであった。  この時点でスペインの国家警察と治安警察はポルトガルの警察当局そして米国の麻薬取締局から大口の麻薬の持ち込みがあるという通報を受けていたことから警備体制を強化していた。しかし、潜水艦で持ってくるというのは想像していなかった。

待てど暮らせど買い手が現れず

 彼らはコカインを渡す相手を待ち続けたものの、一向に現れず、待ちくたびれて潜水艦を沈めることにしたのである。無論、落ち着いた時点でまた海底に沈んだ潜水艦からコカインを取り出す考えであったことも明らかになっている。  結局、沈み始めた潜水艦を後にして陸に上がったところで二人のエクアド人は警備していた治安警察に逮捕され、アルバレスはその時逃亡したが4日に逮捕された。逮捕される前に捨てた携帯電話から治安警察は彼の従兄、叔父、友人の3人を逮捕した。  ガリシアでは現在2つの麻薬組織エル・ブッロとエル・パステレロが麻薬市場を支配している。今回の密輸にはこの二つのどちらかの組織が絡んでいると警察では推察しているという。  ガリシア地方には現在も大量の麻薬が密輸入されている。それを実証するかのように昨年はこれまでで最高の48450キロが警察に押収された。  かつてのガリシア地方の麻薬組織とは異なり、現在のそれは余り目立たないようにして行動している。だから、今回のような潜水艦事件は彼らに入手予定にしていたコカインが手に入らなくなった上に、しかもメディアでまた注目を集めることになって逆に彼ら麻薬組織は迷惑を被っているほうだという。80年代のこの地方の麻薬組織は今とは逆に派手な行動を取ったりしてメディアでも注目が集まっていた。そのリーダーのひとりシート・ミニャンコの活動は現在も語り草になっている。(参照:「El Pais」) (参照:「1」、23、「El Universo」、「La Razon」) <文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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