大学入試共通テスト問題。「記述式」で生じる3つの大きな問題<短期連載:狙われた大学入試―大学入学共通テストの問題点―>

数学イメージ

Gerd Altmann via Pixabay

現在実施されようとする「記述式」の実態

 みなさんは数学の「記述式」と聞いてどのような問題を想像しますか? 「記述式」とは、実際に指定された解答欄に文字や記号などを書く問題であれば「記述式」と呼べる問題なのですが、国立大学の2次試験(個別試験)で課される記述試験と共通テストで予定されている記述式の問題はその内容が大きく異なります。それは次のような違いです。 ●国立大学の2次試験の記述式  途中の考え方を説明する数学の作文(いわゆる論述式、文科省は自由記述式と定義) ●共通テストの記述式  最後の試行調査(2018年11月に実施)によると結果のみを記す短答式、あるいは空所補充形式。なお、その前年(2017年)に実施された試行調査の記述式の問題は、ある程度文章を書かせるもので論述式に近いものであった。  試行調査の記述式は3題で全部で15点の配点が予定されていますが、その第1問は次のような問題でした。 「集合Aと集合Bの共通部分は空集合である」という命題を、記号を用いて表すと次のようになる。  A∩B=∅ 「1のみを要素にもつ集合は集合Aの部分集合である」という命題を、記号を用いて表せ。解答は、解答欄(あ)に記述せよ。  この問題の出題者側が用意した解答は次のようなものでした。 《正答例》{1}⊂A 《留意点》正答例とは異なる記述であっても題意を満たしているものは正答とする。   まず指摘しておきたいことは、この問題では、「思考力」「判断力」を測定できません。かろうじて「表現力」を測定することができるかもしれませんが、これは記号を知っているかどうかだけの問題で、5点分としては大きく、敢えて記述式の問題として出題すべきかは疑問です。  他の2題の記述式の問題も同様に、出題することのメリットは少なく、わざわざ記述式にしなくてもマークシート方式で対応可能です。そして、必要のない記述式を出題することで困ることは、大きなデメリットが多く発生することなのです。  そのデメリットを以下の図に示しました。次項からはそれぞれの問題を解説します。 記述式の問題を出題するデメリットとは

公平性が危うい

 第一に「公平性の観点」で問題があります。  大学入試で最も重要視しなければならないのは、「採点が公平に行われること」です。この当然と思われることが、実は作業としては最も難しいのです。 ●特異な答案に対応できるの?  公平に採点するためには、採点態勢の完備と優秀な採点者の確保が必要です。採点態勢の完備とは、採点基準に載らないものが出てきたときの対応です。50万人の採点を実施していて、40万人を超えた段階で新たな基準に載らない答案が見つかったとき、場合によってはすべてを見直さなければならないことがあります。  一般に、100人を採点していて現れる基準に載らない「特異な答案」と1000人の場合の「特異な答案」は特異な程度が異なります。100人の場合の「特異な答案」が10枚現れるのではありません。ましてや50万人となると想像を超えたものが現れます。  採点で最もよくないのは、同じ答案に異なる評価を与えることです。採点の最初の方で出てきた答案と後の方で現れた同じ答案には同じ点数をつけなければならないところが難しい点です。このような話は、500枚くらいの答案の採点を経験した人であれば、何かしらの経験談を語ることができるものです。私も実際の入試で起こったことをいろいろと聞きます。例えば、ある入試の採点のときに、 (1)答案に「九点円の定理より…」とあった。しかし、その場にいた採点者はだれも九点円の定理を知らなかった。 (2)そこで、一度採点がストップした。 (3)まず、「九点円の定理」を調べた。そして、その証明も理解し、その答案の主張が正しいかの検討を始めた。 (4)結果、九点円の定理は関係がなかった。 (5)30分後に採点再開。  このような話は多々あります。  また、採点には各設問ごとにその問題の採点基準が頭の中に入っている人が必要です。様々な珍解答に対し、どのような対応をしたかを覚えていなければなりません。北海道と九州で同じ種類の珍解答が出たときに同じ点をつけるためです。  なお、採点業者が悪質な場合は、「怪しい答案にはすべて満点を与える」という対応をとる場合があります。このようにすることで苦情は来ません。さすがに白紙には点は与えませんが、本来、点をもらえない人にとってはラッキーとなり苦情はでません。実は、この場合被害を受けているのは、本来の正解者なのですが、正解者には自分が被害者であることがわかりません。したがって、採点不正に対する声が上がらず、不正は闇の中に葬られます。  もう一つ付け加えておきます。これまでに試行調査(本番のための実験)が2回行われてきました。1回目の試行調査の記述の問題は、理由を述べるなどの問題で、論述式に近い(論述式と呼べなくはない)ものでした。  しかし、2回目の試行調査では、答の数値・記号あるいは数式を入れるだけの問題に後退しました。すなわち、「思考力・判断力・表現力」を調べる問題として後退したことになります。それは、採点のしやすさを求めた結果が大きな要因であるとも言われています。しかし、このように、 採点のしやすさを優先して問題を作成するのは、本末転倒 なのです。ここからも、出題側、共通テストを実施する側が記述式の試験を形だけでも実施したいという考えが透けて見えます。
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