「実習先から逃げ出したものの、とにかく働かなければなりません。今はインターネット(SNS)上で在日ベトナム人向けの求人情報が出回っているので、仲介業者に連絡をとりました。後日、駅前でベトナム人の仲介業者と待ち合わせ、その場で仲介手数料の5万円を現金で手渡しました。それから紹介先の会社まで連れて行ってもらい、事前に渡された偽造在留カードを使ってフィリピン人とネパール人の社員から面接を受けました。それが終わると在留カードは返却させられてしまった。それから3日後に採用の連絡が来て、友人の寮から会社のアパートに引っ越しました」
こうしてフンさんは不法就労に従事することになった。
「会社は自動車修理をやっていて、私は車にイスを取り付ける作業をやっていました。社員は数十人。ほとんどフィリピン人で、それ以外にはベトナム人、ネパール人、中国人がいた。おそらく皆不法就労者だったのだと思います。日本人は50~60代の男性が一人だけで、社長はその人のようだった」
「仕事は基本的に月曜日から土曜日まで。日勤と夜勤があって、1日に8時間から12時間くらい働く。時給は1100円で、1か月の給料は15万円くらい。給料日は1か月に1回で、列に並んで手渡しで現金をもらう。技能実習よりも不法就労のほうが断然良い」
しかし、フンさんはこの仕事を3か月ほどで辞めてしまったという。
「アパート生活が辛かったんです。全部相部屋で、私の部屋は大体4~5人、多い時で10人住んでいた。部屋には常に誰かがいて、一人になることもできない。それが段々苦しくなってきて、仕事を辞めて友人の寮に戻りました。一か月の家賃ですか?
3万円でした」
不法滞在者は銀行口座を持てず、住居を借りられない。だから、仲介手数料や給料の支払いはすべて現金で済ませ、住居は会社が用意するということだ。それにしても
地方のアパートで4~5人と同居して家賃3万円とは高過ぎる。
搾取から逃げ出しても、その先には新しい搾取が待っている。
「今年に入ってからは別の技能実習生の友人を頼って千葉の寮へ移り、またインターネット上で見つけた仲介業者に仕事を紹介してもらいました。今度は溶接加工の会社で、日本人、ベトナム人の同僚二人と働きました。月曜日から金曜日まで毎日8時から5時まで9時間労働で、月給は約15万円。給料は日本人の同僚から手渡しでもらっていました」
しかし、この仕事も数か月で辞めたという。
「身体を壊しそうになったんです。溶接作業用のマスク(溶接面)はあったのですが、ヘルメットや手袋はなかったから、しょっちゅう火傷していました。作業音が大きかったり空気が悪かったりして、そのうち体の調子全体が悪くなってしまったんです」
不法就労者は事故に遭っても保険を受けられない。それでもフンさんは技能実習よりも不法就労の方が良いという。
「自分で仕事を決められるから」。技能実習制度には「職業選択の自由」がないが、不法就労にはそれがあるということだ。
「でも、
不法滞在はやっぱり辛いです。外で警察を見る度にビクッとして身体が硬くなります。捕まったらどうしようと考えると、コンビニやスーパーに行くのも怖い。逃亡者みたいな気持ちです」
フンさんの話を聞くうちに、いくつかの側面が見えてきた。まず技能実習生は友人同士で繋がっており、比較的良い環境に恵まれた友人が不遇な友人を手助けする。フンさんの場合は技能実習生の友人からお金を借り、失踪するよう助言を受け、寮の部屋を間借りしていた。技能実習生の部屋に失踪者が住んでいるという事実には驚いたが、技能実習生と失踪者の関係は注目に値する。
技能実習生は失踪後に不法就労者になるケースが多いが、改めて
技能実習と不法就労が地続きであることにも気づかされた。技能実習生にとって技能実習から不法就労への「転職」は容易であり、言わば普通のことなのだ。
実習先から失踪した技能実習生数は5058人(2016年)、7089人(17年)、9052人(18年)と年々増加している。また入管法違反として摘発された不法就労者の数も9003人(16年)、9134人(17年)、1万0086人(18年)と年々増加している。
しかしこの数字は氷山の一角にすぎず、日本全体で不法就労者が何人いるのかを正確に把握することはできないだろう。しかし、すでに企業・仲介業者・不法滞在者のネットワークは出来上がっており、不法就労はビジネスとして定着しつつある。もはや
外国人による不法就労は日本経済の一部として組み込まれたと言っても過言ではないのではないか。
だが、この状況を放置してはならない。
不法就労者は人権が保障されないまま働いており、非常に大きなリスクを背負っている。特に技能実習生の場合は
本人の問題ではなく周りの問題から不法就労に走るケースが多い。
彼らを実習先から失踪させ、不法就労に追いやり、過大なリスクに晒しているのが我々日本社会である以上、彼らの窮状を「自己責任」の一言で済ませることは許されない。