── 今井氏は経済政策だけではなく、外交政策にも介入しています。
森:官邸が外交を主導すること自体は批判すべきことではありません。しかし、外交においては、外務省の情報や経験の蓄積をうまく活用しなければいけません。問題は、
今井さんが外務省に無断で動いていることです。
もともと経産省にはジェトロがあるので、国際的なパイプがあるのは事実です。今井さんはそれを利用して、外務省と異なるルートで外交を動かそうとしました。最も象徴的なケースが、
日露外交です。北方領土の解決は難しいことは今井さんにもわかっているはずです。しかし
、あたかも二島が返還されるかのように演出し、支持率アップにつなげようとしたのでしょう。
2015年11月に、プーチンの盟友とされ、ロシアのエネルギー産業に絶大な影響力を持つ石油大手「ロスネフチ」社長のイーゴリ・セーチンが来日した際、今井さんは彼を官邸に招待しています。こうした人脈を使って、安倍政権は日露による北方領土の共同経済活動を華々しく打ち上げました。日本側からカードを切って、ロシア側にお願いする格好です。これでは、
ロシアに足元を見られただけです。
今井さんは、通常の外交でやってはいけないことをやってしまったのです。
プーチンには、日本から援助を引き出す狙いはあっても、二島の先行返還など認めるつもりはありません。結局、日露関係は動きませんでした。
── 2017年5月には、安倍首相が、訪中する二階俊博幹事長に託した習近平主席宛ての親書を、今井氏が書き換えたとも報じられています。
森:そもそも、首相の外交親書は外務省が草案を書き、外務省出身の官邸の事務秘書官を通じて首相に確認を求めます。そして、最終的に外相の決裁を経て、首相が了承することになっています。ところが、今井さんは外務省や国家安全保障会議(NSC)とのすり合わせもなく、日中関係改善に前向きな内容を付け加えたのです。今井さんにインタビューした際にも、「一帯一路についても可能であれば協力関係を築いていきたい」との文言を付け加えたことを認めました。
しかし、これは外務省やNSCの顔をつぶすことになり、なにより従来の政策、方針の変更ですからもっと慎重であるべきです。国家安全保障局(NSS)局長(当時)の谷内正太郎さんが激怒し、「なぜ書き換えたんだ」と今井さんに詰め寄ったそうです。このとき今井さんは、例によって
「総理の意向です」と言い返したそうです。
今井さんの親書書き換えは、アメリカの不興を買っただけだったと思います。
── 今井氏は、安倍政権の原発輸出も主導しました。
森:安倍さんと今井さんの関係は持ちつ持たれつという関係だということです。今井さんにとっては、安倍さんを支えることで、自分が温めて来た政策を実現できるということです。
原発輸出はその象徴です。もともと、貿易経済協力局時代の今井さんは、中東への原発輸出に最も力を入れていました。
第二次安倍政権成立まもなく、今井さんは安倍さんを連れてトルコを二度訪問しています。2013年5月には、日本はトルコと原子力協定を締結しました。しかし、
結局原発輸出も失敗に終わりました。
── 森友学園への国有地売却をめぐる財務省の決裁文書改ざんをめぐり、理財局長(当時)の佐川宣寿氏が刑事告発されましたが、安倍夫妻を守ろうとした今井氏が佐川氏に改ざんを指示した疑いが指摘されています。
森:今井さんと佐川さんはともに1982年入省の同期で、仲がいいとされています。また、今井さんは秘書官という立場上、安倍ファミリーの面倒も見ていました。昭恵夫人が雑誌のインタビューを受けるときも、そばについていました。さらに、昭恵夫人付き秘書を務めていたのは、
今井氏の経産省の後輩である谷査恵子さんです。だからこそ、
野党議員たちは「今井―谷─昭恵ライン」に注目し、今井さんの証人喚問を要求してきたのです。
昨年4月、今井さん本人から文藝春秋の担当編集者に「しっかり説明にうかがいたい」との連絡が入り、彼にインタビューしました。その際、彼は疑惑を否定しましたが、疑惑は払拭できていないと思います。
── ポスト安倍政権の時代にも、今井氏のような官邸官僚が政権を支えることになるのでしょうか。
森:実は官邸官僚には二種類あります。一つは安倍さんの特別な信頼を得ている今井さんたちの官邸官僚です。もう一つは菅官房長官に近い首相補佐官の和泉洋人さんや官房副長官の杉田和博さんらの官邸官僚です。
仮に菅さんが安倍さんの後継者になれば、異なる顔ぶれの官邸官僚が跋扈することになるでしょう。目まぐるしい情勢変化に対応し、スピーディーな政策立案が求められていることは否定できません。しかし、官邸主導の政権運営に対するチェック機能が健全に働かなければ、権力の暴走を招くことにしかならないと思います。
(聞き手・構成 坪内隆彦)
森功●もりいさお。1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身
げっかんにっぽん●Twitter ID=
@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。