断熱改修というと、大掛かりでコストがかかるイメージがあるかもしれません。しかし冒頭の調査に参加した家庭の中には、
内窓を設置するなど比較的コストが安く、簡便な断熱改修で血圧が改善したケースもあります。その意味では、コストの問題よりも
「寒いのは我慢するのが当たり前」という意識を変える必要があるのかもしれません。
それでも、本格的な断熱をするにはある程度まとまった費用がかかります。どのくらい投資をすれば、どのような効果があり、何年で工事費を回収できると考えればよいのでしょうか?
参考になるのは、2011年に伊香賀教授らが行った研究*です。研究では、断熱改修にかけたコストを、光熱費削減の金額のみで判断するのではなく、「健康ベネフィット」という概念と合わせて考えることでより多くのメリットを得ていることがわかるとしています。
〈*2011年「
健康維持がもたらす間接的便益(NEB)を考慮した住宅断熱の投資評価」より〉
伊香賀俊治,江口里佳,村上周三,岩前篤,星旦二ほか:健康維持がもたらす間接的便益(NEB)を考慮した住宅断熱の投資評価,日本建築学会環境系論文集,Vol.76,No.666,2011.8より
「健康ベネフィット」とは、家が暖かくなることで病気にかからなくなるといった、
断熱によって得られる利益を数値化したものです。試算では、医療費の無駄な負担が減り、将来的に介護費の負担が減るなどのメリットを金額に換算した場合、光熱費の削減以上の効果があり、投資回収が大幅に縮まることがわかりました。
例えば、関東地方などの温暖地で新築時にプラス100万円の断熱工事を上乗せした場合、光熱費削減だけで費用を回収するのに29年かかります。しかし、健康を維持することで医者にかからなくなった直接的な費用(健康保険で3割負担)を加算すれば、16年で元が取れるようになります。
それだけではありません。医療費の残りの7割は税金から支払われているので、その分が社会に還元されます。公的負担は直接的に個人に還元されるわけではありませんが、医療費が減ることで、将来的に健康保険料や税金の減額というメリットを得ることができるでしょう。何より、現在の日本の大きな課題となっている医療費の削減は、社会全体の持続可能性を高めます。
なお、この試算はかなり控えめに計算している数値なので、実際は光熱費削減額に限っても、29年よりはるかに早く回収できるという専門家の意見もあります。
いずれにせよ
家を暖かくすることは、もっとも保守的とされる数字に基づいても、個人や社会にさまざまなメリットを生み出す可能性が高いことがわかります。これからは少しでも暖かい環境をつくることが、一人ひとりの健康や財産を守ることにつながるという認識を、社会の新しい常識にしていく必要がありそうです。
<文/高橋真樹>