選挙協力、ヤジの排除……政治との結びつきを強める、公安と内閣情報調査室<日本の情報機関の政治化1>

2.参議院選挙におけるヤジを行ったものに対する強制排除事件

 2019年7月、参議院選挙中に札幌を応援演説のために訪れた安倍首相にヤジを飛ばした者が、警察官によって強制的に排除される事件があった。この一件で大きな役割を果たしたと目されているのが、首相秘書官を長く務めた警察キャリア官僚の大石吉彦氏である。  大石氏は、2012年12月から2019年1月までの長期にわたって首相の秘書官として働いた後、今年になって警察庁の警備局長という要職に復帰した。これも朝日新聞の報道であるが、大石氏は全国都道府県警トップに宛てた6月26日付け通達で、「警察の政治的中立性に疑念を抱かれることのないよう十分配意すること」としつつも、同時に「社会に対する不満・不安感を鬱積(うっせき)させた者が、警護対象者や候補者等を標的にした重大な違法事案を引き起こすことも懸念される」こと、「現場の配置員には、固定観念を払拭させ、緊張感を保持させてこの種事案の未然防止を図ること」と指示した(朝日新聞2019年8月24日、道警警備方針「政治的中立性に配慮 ヤジ排除前に通達、2019年10月26日アクセス確認)。この通達が、一般にどれほど異例なものであるかについて筆者は詳らかにしないが、全国の警察組織は一斉に選挙中の警備を厳格にした疑いがある。  朝日新聞の記事が出る前に、雑誌『選択』は、ほぼ同じ問題を取り上げていた。さらに、『選択』の記事によれば、札幌の事件の前日、新潟駅南口で応援演説を終えた衆議院議員の小泉進次郎氏に駆け寄ろうとしたジャーナリスト数名を、警察官が立ちはだかって10分以上にわたって阻止し続ける事件もあったという。「公安だけでなく、警備警察の劣化も始まっている」と、記事は締めくくられている(「大石吉彦警察庁警備局長 安倍演説「ヤジ強制排除」を主導」『選択』2019年8月号、58頁)(*この問題については、阻止されたジャーナリストの一人である横田一氏が、当サイトにその時の模様を含めて寄稿している)。  現代ビジネスに掲載された時任兼作氏の記事も、同じ論調である。(時任兼作、戦前か? 一般人を強制排除した、北海道警「政権への異常な忖度」、現代ビジネス2019年8月19日、2019年10月26日アクセス確認)

3.前川喜平氏の「出会い系バー」通いの読売新聞へのリーク

「公安警察と警備警察の劣化」に加えて、警察官僚が中心の情報組織である「内閣情報調査室」の動きも極めて怪しい。安倍政権を揺るがせた「加計学園」問題に関連して、政権を告発した元文部科学省事務次官の前川喜平氏は、その告発直後、読売新聞社会面で、「出会い系」バーという風俗店に出入りしていたことを報じられた。「なぜ、誰がそんな情報を持っていたのか? そんなタイミングで報道することを決定したのは誰なのか?」当然ながら、こうした疑問が投げかけられた。  この事件について、確実なことは分からない。その後、伝えられるところによれば、全官僚の最高位に位置する内閣官房副長官にして元警察官僚の杉田和博氏が、官邸直属の情報収集機関である内閣情報調査室のトップ、内閣情報官の北村滋氏(当時)に指示を出し、前川氏の身辺情報を調査させたという。そして、「出会い系バー」通いの情報がなんらかの形で読売新聞社会部に流れ、報道されたとされる(今井前掲書57頁、時任前掲書79頁)。なお、北村氏が務めていた内閣情報官のポストは、警察官僚の指定席である。  さて、情報機関がセックス絡みのスキャンダル情報も収集して、それを武器に対象を攻撃するというやり方は、政治の世界ではしばしば見られるものなのかもしれない。少なくとも、アメリカ合衆国大統領トルーマンは、そのように考えていた。トルーマンは、FBIは、ゲシュタポや秘密警察に傾いており、「かれらはセックススキャンダルやあからさまなゆすりに手を染めている」と日記に記している(ワイナー、ティム『FBI秘録―その誕生から今日まで・上』山田侑平訳、文藝春秋、2014年)。  とはいえ、加計学園問題を告発した直後に、普通は知りえない前川喜平氏のプライベートに関する情報が新聞に掲載されるというのは余りにも怪しく、前川氏に対する追及が盛り上がることはなかった。  これら3つは、筆者にたまたま目についた事例を挙げたにすぎない。他にも、ジャーナリストの伊藤詩織氏に関わる事件など、警察が安倍氏によって影響を受けていることを示唆する事件は多い。いずれも、政治と警察組織および情報機関が、過度に接近しているのではないかという疑いを持たせるものだ。  しかし実は、警察や情報機関が政権に接近しすぎることは、警察組織にとっても、時の首相にとっても、日本国家の安寧の確保という大目標にとっても、望ましくない結果をもたらす可能性が高い。次回以降の記事で、筆者がこのように考える理由を論じてみたい。
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これまでも情報機関と政権との間にグレーな関係は存在していた
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