ドキュメンタリーに特化した異色の映画祭が山形で開催。注目の中国人監督、ワン・ビンの新作「死霊魂」も上映

一般参加者も香味庵クラブで映画関係者と交流できる

2017年の集合写真

2017年の集合写真

 しかし、そんな私情を抜きにしても、山形国際ドキュメンタリー映画祭は魅力的だ。参加者目線での、映画祭の魅力とは何か。世界各国の知られざるドキュメンタリーを味わえることはもちろんだが、監督をはじめとした映画関係者との濃い交流が可能となる点だろう。その根底には山形市、および運営事務局の尽力はもちろんだが、ボランティアスタッフの方々の力もまた欠かせない。  さきほどの映画祭の設立の背景について、「市民参加型」という言葉を使ったが、その詳細について説明していなかった。山形国際ドキュメンタリー映画祭は、多くのボランティアスタッフによって支えられている側面が強い。地元の学生や主婦、また関東からの映画青年(もちろんそれのみには限らない)たちの参加も決して少なくはなく、会場の設営やコンペティション部門の出品監督をはじめとするゲストへの対応、映画祭の公式日刊紙である「デイリー・ニュース」の執筆・編集、上映における司会進行など、その業務もまた多岐にわたっている。  そして、忘れてはいけないのが「香味庵クラブ」の運営である。会場近くにある(いずれの会場からもそこまで遠くはない)郷土料理店「香味庵まるはち」は、午後10時以降店舗を解放しており、入場料500円でおつまみと一杯の飲み物を提供、また芋煮や漬物は無料で食べることができる。ここで監督をはじめとする映画関係者、観客たちが集結し、熱い熱い映画談義が、未明まで繰り広げられるのである。  東京から来る観客は、その距離の関係から日帰りではなく、周辺にホテルをとるケースが多いわけだが、この香味庵はそうした状況を見事な形で生かしていると言えるだろう。

中国現代史の闇を描く、王兵(ワン・ビン)監督も輩出

 また、社会的意義にも触れておきたい。映画祭に期待される役割としては、新たな才能の発掘があることは改めて言うまでもないが、山形にもまた、数々の発掘された監督が存在する。  代表例をひとりだけ挙げるとすれば、中国の王兵(ワン・ビン)監督である。かつて工業地帯として栄えた鉄西区での労働者の生活を描いた長編デビュー作『鉄西区』は、2003年に映画祭で上映され、脚光を浴びた。映画ファンであれば恐らくご存知とは思うが、この作品、長編も長編、なんと上映時間が9時間におよぶのである。本作はコンペティション部門でグランプリを受賞し、これをきっかけとして、彼はいくつもの国際映画祭で脚光を浴びることとなった。  彼はその後、2007年の映画祭でも、中国で迫害を受けた女性記者が自らの苦境を語る『鳳鳴(フォンミン)――中国の記憶』でグランプリを受賞している。なお、今年度のインターナショナル・コンペティション部門においても、王兵は新作『死霊魂』を出品している。この作品は、1950年代後半に起きた中国共産党の反右派闘争で粛清され、収容所へ送られた人々の証言集だ。本作もまた、堂々の8時間15分である。
小田香監督

小田香監督

 映画祭の開幕に先立つ9月10日、東京記者会見に登場した小田香監督も恐らくは、映画祭に育てられたひとりだろう。彼女は今年度のアジア千波万波部門で新作『セノーテ』が上映されるが、長編デビュー作である『鉱 ARAGANE』は2015年度の同部門で特別賞を受賞し、全国でロードショー公開された。彼女は記者会見においては、「初めて参加した時は、次の映画祭にも必ず出品しようと思いました。作った後で見ていただける場所があるのは心強い」と語った。  次世代のあらたな才能を発掘、とは言わないまでも最初に気づくのは、観客であるあなたかもしれない。最後は、「ヤマガタ」の合言葉であるこの言葉で締めよう。  ――香味庵で会いましょう。 <取材・文/若林良>
1990年生まれ。映画批評/ライター。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「DANRO」「週刊現代」「週刊朝日」「ヱクリヲ」「STUDIO VOICE」などに執筆。批評やクリエイターへのインタビューを中心に行うかたわら、東京ドキュメンタリー映画祭の運営にも参画する。
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