トランプ政権の非人道的な政策に抗議し、プログラマーが翻した反旗

「抗議」としてのプログラム削除

Githubに書き込まれたSeth Vargo 氏の要求

Githubに書き込まれたSeth Vargo 氏の要求

 こうしたアメリカでの背景を受けて、Seth Vargo 氏は自身のプログラムの削除という抗議行動をおこなった。そして Chef Software 社が契約を見直すことを要求した。広く使われているプログラムの作者が、自身のコードを削除することで、社会的な影響を行使しようとしたわけだ。  以下、その要求内容を、簡単に日本語訳する。 >2019年9月17日に、Chef がアメリカ合衆国移民・関税執行局(ICE)と契約を結んだことが分かった。ICE は、非人道的な扱い、基本的な人権の拒否、そして、子供たちを檻に入れることを決定したことで、よく知られている。 >このことへの対応として、私は Chef のエコシステムから、自身のコードを削除した。私には、自身のプログラムが悪事に使われることを防ぐ、道徳的そして倫理的な義務がある。 >何ができる? >あなたは Chef に連絡して、この契約を承認しないと伝えることができる。あなたが Chef の顧客なら、営業担当に話すことができる。 >くそったれが! >あなたの仕事を中断させたことをお詫びします。Chef が契約をキャンセルしたなら、私は喜んでプログラムを元に戻すつもりです。  Chef Software 社は、消されたプログラムは、Seth Vargo 氏が雇用された時に作成されたものだから、所有権は Chef Software社にあると主張した。その主張は通り、RubyGems のコードは復活した(RubyGems BlogRUBY CENTRAL, INC.)。そして、経緯を時系列で説明した

抗議は最終的にどうなったのか

 抗議は失敗に終わったかに見えた。Seth Vargo 氏が削除したコードは復元され、Chef Software 社の製品や顧客のトラブルは解消された。  CEOは、当初契約の見直しは否定していたが、数日後に方針の変更を発表した(参照:Chef BlogTechCrunch Japan)。その発表では、契約が切れたあとその契約を更新しないこと、また、家族の分離と拘禁の問題に対処している慈善団体に、ICE などから得られる2019年の収益を寄付することが書かれていた。  今回の件は、Chef Software 社にも制御不能な部分があった。契約を決めた2014年から2015年の頃には、未成年の引き離しや拘禁といった問題はまだ発生していなかった。この問題が発生してからは、社内でも非難の声が持ち上がっていた。最終的に外部からの刺激で決断したわけだが、その圧力は内側からもあったのだろう。  政治的な抗議を、一人のプログラマーがおこない、実際に社会を動かしてしまう。珍しい現象だが、今後情報社会が進んでいくと、似たようなことがたびたび発生するかもしれない。そうした一例として、今回の件は記憶しておいた方がよい事件だと思った。 <文/柳井政和>
やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。2019年12月に Nintendo Switch で、個人で開発した『Little Bit War(リトルビットウォー)』を出した。2021年2月には、SBクリエイティブから『JavaScript[完全]入門』、4月にはエムディエヌコーポレーションから『プロフェッショナルWebプログラミング JavaScript』が出版された。
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