最近、美容室業界でほぼ全ての美容師を「労働契約」ではなく、「業務委託契約」のもとで働かせる、「委託美容室」が増加している。
通常の労働者は労働時間や賃金と言った労働条件を示した「労働契約」を企業と締結し、正社員や契約社員、アルバイトなどとしてそれに従って働く。労働者は企業に対して弱い存在であり、何も規制をしなければ労働契約の内容はどんどん悪化するため、労働基準法をはじめ様々な法律によってその内容は規制されている。
例えば、長時間労働を規制するために8時間以上の労働は原則として禁止されているし、また例外的に8時間以上の労働をさせる場合には特別な協定が必要とされるほか、割増賃金も発生する。また、給与水準も最低賃金によって規制されており、最低賃金以下の賃金水準で働かせることはできない。
他方、美容師が「業務委託契約」を美容室と結んで働く場合には、“自営業”のような扱いになり、こうした労働法の規制が適用されない。労働契約の場合には労働者と企業は不平等な関係であるという前提があるために労働者を保護するための法的な規制が存在する。しかし業務委託契約では契約を結ぶ美容師と美容室との関係は基本的に平等であると考えられるのだ。
これまでの美容室では労働契約で美容師を雇うことが一般的であり、業務委託契約は存在しても例外的であった。しかし、最近の委託美容室の広がりの結果、業務委託美容師は例外的な存在ではなくなってきている。筆者が事務局次長をつとめる首都圏青年ユニオンでは、「美容師・理容師ユニオン」を設置し美容師や理容師の労働問題に力を入れて対応しているが、今回はそこに寄せられた事例から、なぜ委託美容室が増加しているのか考えてみたいと思う。
委託美容室が増える理由(1)――美容室はなぜ業務委託を好むのか?
まずは、美容室側の論理を考えよう。
第1に、労働契約ならば発生する様々な企業負担や働き方への規制を、業務委託契約にすることによって回避できるという点がある。労働契約ならば、例えば、労働者の社会保険料の企業負担分、各種割増賃金(残業代割増、深夜割増、休日労働割増)、労働時間規制などの企業負担や働き方の規制が課されるが、業務委託契約とすることで、こうした企業負担を全面的・部分的に回避することができる。
例えば美容師ユニオンが取り組んだ事例では、業務委託契約のもとで美容師は1日12時間休みなく働かされていた。労働契約の場合には、(1)1日8時間以上の労働の場合には1時間以上の休憩を取らせなければならず、(2)8時間を超えた部分の労働時間には1.25倍の割増賃金を支払わなければならず、(3)8時間を超えて労働させる場合には労働者と使用者との間で特別な協定が必要となる。しかし、業務委託契約ならばこうした負担・制約を回避できるのだ。
第2に、委託美容室は報酬を「歩合」で支払っている。美容師個人の売り上げの〇〇%という形で支払われるのだ。美容師ユニオンに寄せられる相談では、売り上げの40~55%とされていることが多い。この「歩合」型報酬は、新規開業する美容室にとってはとりわけ魅力的だ。
美容室のコストの大部分が人件費だが、月〇〇万円という形で定められる固定給だと、美容室の売り上げがどんなに悪くとも一定の人件費がかかる。しかし「歩合」型報酬ならば、美容室の売上に応じて報酬額が変動するため、人件費が売上に応じて弾力的になるのだ。これは、安定的な売り上げを見込めない新規開業の店舗にとって大きなメリットとなる。
以上、美容室がなぜ業務委託契約で美容師を働かせるのか、という点を考えてきたが、その理由はよくわかるだろう。しかし不思議なのは、なぜ委託美容室で働く美容師がいるのか、という点だ。次にこの点を考えてみよう。