もう一つの被災原発。女川原子力発電所<短期集中連載・全国原子力・核施設一挙訪問の旅3>

女川原子力発電所

「爪楊枝の先端しか原子力発電所が見えないのでは、つまらないのだ!」と嘆く私に、Aさんが、「実はとっておきの場所を見つけたのですよ、Google先生も知らない超特級の穴場です!」と得意げでした。それは是非行きましょう!  行った先は、小屋取(こやどり)漁港でした。  小屋取漁港*は、釣り船の名所らしく、船宿民宿が数軒あります。そこは、眼前に女川原子力発電所が鎮座する絶好の位置でした。 <*小屋取漁港 – 海の釣り場情報” https://tsuriba.info/spot/1000>  小屋取地区は、珍しく高台にある集落*でしたが、標高10m前後に集落があったため、13mの津波で半数を超える建物が破壊されてしまいました。津波被害と建物の標高、津波の波高がほぼ完璧に対比できるという点で教科書に使いたいほどの事例**と言えます。 <*”地理院地図|国土地理院 塚浜、小屋取、女川原子力発電所” <**女川町が、各集落の被害状況を示す写真を公開している>  地図と各種写真を対比すると、発電所は標高13.8mでほぼ浸水無し、社宅は標高25m前後で二棟とも無傷、五十鈴神社は標高15~20mでほぼ無傷、小屋取集落では標高10m前後にあった家屋のほとんどが流されていたことが分かります。  ここで注目すべきは、小屋取地区にある五十鈴神社で、地形図からこの神社の標高は標高15~20mと読み取れますが、津波にはほぼ無傷でした。  私は、宮崎県延岡市、兵庫県川西市、徳島市、高知市、Colorado Springs市、高知市をへて現住所にいますが、家を探す際には、古い神社仏閣と古い墓地の立地、標高を最重視してきました。もちろん、合衆国でこの指標は役に立ちませんが、日本では防災の最重要指標となります。  牡鹿半島においても地形図および国土地理院 地形図・空中写真閲覧サービスによって古い寺社を探すと、殆どが津波による被害を受けていませんでした。  これは郷土史的手法の初歩ですが、これによっても福島浜通り、石巻、女川、牡鹿半島でだいたいの安全な標高が分かります。郷土史的観点から敷地高さを決めたとされる女川原子力発電所の場合は、小屋取の五十鈴神社*より1~2mほど標高が低いと思われますが、80cmの差で浸水を免れています。これは、コスト検証**だけによって敷地高さを決めた福島第一原子力発電所との決定的な違いです。 <**牡鹿半島には五十鈴神社がたくさんある。主祭神は、天照皇大神である> <**福島第一原子力発電所建設を指揮した東京電力の小林健三氏による「福島原子力発電所の計画に関する一考察」 小林健三郎 東京電力 土木施工1971.07 (1)に詳しい。本件は、後日稿を改めて紹介する>
小屋取漁港からみた女川原子力発電所

2019/7/5小屋取漁港からみた女川原子力発電所 牧田撮影
右から3号炉原子炉建屋、2,3号炉排気筒、1号炉排気筒、1号炉原子炉建屋、2号炉原子炉建屋・タービン建屋である。
正面地盤(標高13.8m)の上に新たに高さ16m(あわせて29.8m)の立派な防潮壁を建設している

小屋取地区漁港から見た小屋取地区

2019/7/5小屋取地区漁港から見た小屋取地区 牧田撮影
右から小屋取集落、東北電力社宅、女川原子力発電所

漁港からみた小屋取集落

2019/7/5漁港からみた小屋取集落 牧田撮影
右の赤い屋根の家は津波で浸水し、より下の建物は粉砕された。中央は浸水せず、左は手前の集落が壊滅し、現在は防潮壁がつくられている。同一集落内で僅かな標高の違いが明暗を決定的に分けた

2011年3月19日撮影の航空写真

2011/03/19撮影の航空写真
壊滅した塚浜地区、過半が全壊という甚大な被害を受けた小屋取地区、専用港は壊滅したが、発電所敷地は浸水しなかった女川原子力発電所
*国土地理院 地形図・空中写真閲覧サービスより

避難民を受け入れていた女川原子力発電所

 女川原子力発電所周辺の集落は、ほぼすべてが標高10m以下に分布していたため壊滅し、道路も寸断されてしまい逃げ場を失った周辺住民が、女川原子力発電所PRセンターに300人以上(最大364人)集まり、当時の発電所長の英断で発電所構内の体育館に案内され、暖と食事と休息を得たことがよく知られています。但しこの判断は、是非は別として核防上あり得ないことです。  この女川原子力発電所と福島第一原子力発電所の命運を分けたのが、建設当時の敷地高さの設定の差であることは紛れもない事実で、当時の東京電力と東北電力の安全思考の決定的な違いを示しています。  また四電が社員寮を発電所正門前に設置していることは何度も記してきましたが東北電は、規模の大きな社宅を発電所に隣接させており、核・原子力防災上は素晴らしいと言えます。が、社員と家族にとっては、仕事と私生活が全く分離できないので労働安全衛生上は問題があります。私は、工場の門前社宅で18年間育ったので、「これは奥さん子供は、きついだろうな。」と思いました。  十分に原子炉を堪能しましたので、小屋取をあとにして、まず女川原子力発電所の正門に向かいましたが、そこには無人の門があるだけでした。実際には、横の広場に警備員らしき人が車内に詰めていましたが、通行証のない人も入れるような看板の表記でした。どうも荷物受取所まであるようです。  女川原子力発電所では、正門のずっと奥に検問所があり、公道からは検問所は見えません。これは核防上正しい配置と言えます*。 <*核防上、検問所は、機密性が高い。一方で、公道から部外者が見ても撮影してもそれを妨げる根拠はない>
女川原子力発電所出入り口

2019/7/5女川原子力発電所出入り口 牧田撮影
門の遙か先に検問所があり、外部からは見えない。核防(核物質防護)上、正しい配置である

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牡鹿半島から石巻へ
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