kash/ PIXTA(ピクスタ)
映画『新聞記者』でも描かれていたが、いま新聞記者を巡る環境に注目が集まっている。
その一方で、デジタル化に押された部数の伸び悩み、あるいは政権による圧力、「中立公正」というお題目を勘違いした政権への忖度、記者の力量不足など、内外に「報道の信頼性」を阻害する問題をいくつも抱えているのもまた現実だ。
そんな中、ここ最近際立ってエッジの利いた記事を連発している新聞がある。
毎日新聞だ。
例えば、三原じゅん子議員の「恥を知れ」演説で語られた、「民主党政権の3年間、年金支給額は、何と引き下げられていた。安倍内閣は全く違います」発言をいち早くファクトチェックした
「年金支給額は増えたのか 三原じゅん子議員の演説をファクトチェック」(6月30日)。あるいは参院選投票日前日に行われた安倍首相の秋葉原演説をリポートした
「『親安倍』『反安倍』の人たちがののしり合い 騒乱の安倍首相『秋葉原演説』を見に行く」(7月20日)などである。
どちらも、「忖度」とは真逆の、鋭い視点に立ち、なおかつ速報性にも富んだ記事だ。
毎日新聞の何が変わったのか? ここ最近、当サイトでメディアへの苦言を呈してきた法政大学の上西充子教授が、これらの記事を統括する毎日新聞統合デジタル取材センターのセンター長、齊藤信宏氏を直撃。その「変化」の背景を聞いた。
法政大学の上西充子教授(左)と毎日新聞統合デジタル取材センター長・齊藤信宏氏
上西充子教授(以下、上西):最近、私はHBOLで
こういう記事を出したんですね。朝日新聞の参院選前の連載である
「問う 2019参院選」の第一回、「『嘲笑する政治』続けるのか」(7月7日)という記事についての記事なんですが。あの記事は全体としてはいいんだけど、「笑われる野党にも責任がある」という一言があったんです。バランスを取っているのかもしれないけど、さすがに問題点は「嘲笑する側」の政権にあるわけで、こういう言い方はないだろうと批判したんです。他にも、
新元号の発表のときの報道を批判する記事や、
小川淳也議員による根本匠厚生労働大臣の不信任決議案の趣旨弁明演説を悪意ある切り取りをして報じたNHKを批判する記事とか。
そうした歪曲された報道だけでなく、高度プロフェショナル制度などは踏み込んだ報道が少なかった感もあり、国会がいかに異常な状態になっているか、報じられることが減ってきているんじゃないか、ものが言えなくなっているんじゃないかという危機感を抱いていて。
そんな中で、ここのところ毎日新聞の記事に目が行くことが多くなったんです。例えば、ご飯論法もインフォグラフィクスを入れてわかりやすく取り上げて頂いたり(参照:
政府答弁は論点のすり替え? ネットで話題「ご飯論法」|2018/5/27、
おさらい「ご飯論法」って? 「パンは食べたが黙っておく」すりかえ答弁を可視化|2018/11/19)、三原じゅん子議員演説のファクトチェックや安倍首相の選挙前秋葉原演説など、目立った記事が多く、それが統合デジタル取材センターによるものだというクレジットが多くて。
踏み込んだ記事というのは文字数がいるけど、Webだからこそ可能なので、デジタルでやっているのかなと。デジタルで踏み込んだ記事を書くことによって、それが読まれて評価されてっていう好循環が回るような仕組みがあるんであれば、そういう仕組みに今回ちょっと注目をしまして、お話を伺いたいと思ったんです。
統合デジタル取材センター長・齊藤信宏氏(以下、齊藤):ありがとうございます。前提として統合デジタル取材センター(以下、統デジ)というのは今から2年、もう2年半近くになりますけども、2017年の春にできたんです。私自身はこの春、経済部長から異動して現職になったんですが、この春から大きく変わった点があるんですね。それは統合デジタル取材センターの記者の人数を倍増したことなんです。なので、先生が最近よく目につくようになったという一因は、単純にマンパワーが倍になったということもあります。
ただ、この部署は、2年半前からいる記者も含めて、政治部、経済部、社会部、外信部、それから大阪本社とか福岡本社といった各部署の、いわば一騎当千の記者を集めているんです。私は所属長として、他の3人のデスクと現場の記者の原稿を見る立場ですが、細かいことを言わなくてもじゃんじゃん原稿を上げてくれるんですよ。
上西:一カ月でどのぐらいの記事量を配信しているんですか?
齊藤:ざっくり言って、月に100本から120本ぐらいですね。単純に30で割ったとして1日4本くらいになりますけど、土日は少し少なくなります。だから1日4~5本ですね。
統デジの記事の特徴としては、第一に紙の新聞記事とは字数が大きく違うということがあります。1本の行数が格段に長く、新聞的に言う30~40行くらいのベタ記事がないんですね。
もともと、紙の新聞って、スペースに制限があるので、削られることが大前提なんです。だから大きな事件があると、それまで一面のアタマにあった記事も全部削られてベタ記事になってしまうこともある。それが紙の新聞の宿命でした。
ところが今はデジタルなので、書けばどんな大事件が起ころうが選挙があろうが、4千字でも5千字でもいくらでも載せられる。そのため、記者は取材の成果を全部、字にすることができる。そういうところに、一騎当千の記者たちも、やりがいを感じてやってくれてるんじゃないかと思っています。
上西:こういう記事を書きたいっていうのは、それぞれの書き手が決めるんですか?
齊藤:週に1回、全員集めて会議をやっています。そこで、今週取材するネタを3本出してくださいと。
例えば、参院選投票日前日に、安倍首相の演説を秋葉原に聞きに行くという企画をある記者が出しました。それは月曜日にネタを出して、7月20日土曜日に取材。でも翌日は投票日なので、取材したその日に出さないと意味がない原稿です。そのため、月曜日のネタだし後に、彼は安倍さんの過去の演説についての取材メモや記事などを読み直し、現場の取材以外のデータを全部揃えた状態で当日現場に行って、その後バーっと原稿を書いて夜中までに出しました。