屠夫(「人民を虐殺する者」)と書かれた貼り紙
前回のルポは、私が沖縄の友人たちと位置情報を共有するところで終わったが、実はそれにも迷いがあった。香港市民たちはすでにデジタルの「次の世界」へ足を踏み入れていたからだ。
市民たちは自分の位置情報が当局に把握されることを警戒し、電子決済をやめ現金を持ち、オクトパースカード(JRでいうsuika)も使わず切符で地下鉄に乗った。
SNSやairdropなどの最先端のテクノロジーを使いこなした果てで、市民たちは唐突にアナログに回帰せざるを得なくなったのだ。
ともすれば全てを為政者に監視されかねない現代の生活様式の脆弱性を突きつけられた(ちなみに彼らの情報共有はtelegramなどの高度に暗号化されたメッセージアプリが使用された)。
また、写真撮影にも彼らはかなり怯えていた。回廊付近で撮影していた僕に女子中高生ふたり組が駆け寄ってきて、「今、撮った写真を見せてほしい、消してほしい」と泣きつかれたこともある。
「顔は見えないように撮ったよ?」と聞くと「それでも消してほしい、中国の特定システムは恐ろしいから」と言われたので、OK I’m so sorryと消そうとすると、その少女たちがおれの記者証を見つけて、「日本から来たの? 消さなくてもいいです。そのかわり今の香港のことを日本の人にたくさん届けてほしい」と懇願された。あの震える声の切実さが、今も僕を突き動かし続けている。
14日、緊張状態は続くものの、街は表面的な平穏を取り戻していた。
香港の街
僕は朝から脚がパンパンに腫れていて、ひきづりながらゆっくり歩くしかできなかった。香港のアスファルトは日本と比べて硬いからだとの噂も聞いたが本当かどうかはよくわからない。まあ、いずれにせよ歩きすぎだ。
あと2日に迫った「その日」に備えるため、LEEJとガスマスクを買いに行った。
湾仔という地区であっさり手に入った。それもSNSで呼びかけて集まった情報のおかげだった。道具街には黒ずくめの若者たちの姿もあり、マスク、ゴーグル、ヘルメットなどを真剣な眼差しで選んでいた。
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香港 湾仔にて大袈裟太郎 ガスマスク購入
彼らもまた「その日」に備えているのだ。