元東電技術者、蓮池氏が「逃げられるわけない」と絶句した、伊方発電所の問題だらけの「避難路」

名取トンネルに立ち寄る

 さて、ここでどうしても行って欲しいと同行者からリクエストのある名取トンネルへ向かいました。廃道マニアなら必ず知っている国道197号線名取トンネルです。
197号線名取トンネル 八幡浜側

197号線名取トンネル 八幡浜側2019/6/10牧田撮影
過去の災害対策工事のためにたいへんに広い広場が残されている。現在はミツバチの巣箱が並ぶ

 名取トンネルは、1978年に開通した国道197号線のトンネルですが、2003年頃から地滑りによる地形の変化が見られ、2005年には近い将来にトンネルの崩壊が予想された*ために封鎖の上で付け替えがはじめられました。実は平成に入ってから地下水による地形の変位がみられ、大規模な対策が数回にわたりなされていたのですが、2005年にはもはや補修による維持不能となったものです。 <*参照:“国道 197 号名取トンネルの地すべり災害速報 ” 土木研究所>  佐田岬半島は、土地の風化や変位が激しく、197号線(山頂道路)では頻繁にトンネルや橋梁の補修工事のための交通規制が行われています。
廃道となった197号線名取橋梁

廃道となった197号線名取橋梁2019/6/10牧田撮影
昭和53年7月完成である

 ここで、広場でなく廃橋梁となった名取橋梁をあるいて廃トンネルに向かいますが、おやおや、女性二人は欄干キワキワをあるきますが、男二人は真ん中をあるいています。いえ、私は足が震えるので結構です。  情けないことに男は二人とも高所恐怖症なのです。仕事では原子炉のキャットウォークをあるいたり、片や崩壊した崖から撮影したりしますが、高いところは勘弁してください。  さて、名取橋梁の上から名取集落が見えます。この名取集落、数年前に私は「へこみかけデミオ」で名取港まで降りようとしたのですが、余りの怖さに途中で断念し、バックで逃げ帰った暗い記憶があります。後日Google Street Viewで確認して、逃げ帰って良かったと安堵しました。

「逃げられるわけがない」と絶句

名取橋梁から見た名取集落

名取橋梁から見た名取集落 2019/6/10牧田撮影
集落は標高150m±50mに分布している。佐田岬半島には55の集落があるとされ、名取のような条件の悪い集落は、非常に多い。むしろ名取はましな方とも言える

 名取集落は、標高150m±50mにありますので、漁港に降りるには100m以上の標高差となります。勿論、道路が壊れていなくてもきわめて狭隘です。また国道197号線に通じる道は旧197号線一本ですし、これもそれほど広くありません。三崎に向かう道は他に非常に細い農作業用の道路がありますが、緊急避難経路としては使えないでしょう。  伊方町にはこのような集落が五十五集落ある とされており、結果として核災害時には「屋内待機」という計画もあります。福島核災害の経験では、そのような集落は、条件が悪い場合、二週間前後情報と救援から遮断され、濃厚な放射能雲の中で住民は事実を知らずに自給自足で避難生活を送り、その脇で文科省の職員がフル装備で線量計測をして何も言わずに去って行くというきわめて非人道的な事が多数箇所で生じていたことが知られています*。 <*参照:“NHKオンデマンド | ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図 ~福島原発事故から2か月~” ほか>  佐田岬半島は、福島県浜通りよりも遙かに条件が悪く、福島核災害においても危惧されていた「屋内待機」=「餓死・病死」が現実となりかねません。  この名取集落よりも条件の悪い集落は数多くあり、現在愛媛県と伊方町がもつ避難計画*は実効性がなく無意味と言って良いです。 <*参照:伊方町地域防災計画(原子力災害対策編) 伊方町避難行動計画 平成29年1月 伊方町>  蓮池さんのご自宅のある刈羽村もヨウ素剤配布から避難計画、訓練に至るまで問題山積で、やはりフランスと比較すると程度の低さが際立ちます。ただ、標高差100mを超える崖をお年寄りが登るような無茶が要求される可能性のある伊方よりはまだましとのことでした。
国道197号線旧名取トンネル

国道197号線旧名取トンネル2019/6/10牧田撮影
トンネルは完全に封鎖されており、中は見えない。トンネルの扁額は、新トンネルに移設されている。ここにもミツバチの巣箱がたくさんある

国道197号線旧名取トンネル前で現地の状況を見る蓮池氏一行

国道197号線旧名取トンネル前で現地の状況を見る蓮池氏一行2019/6/10牧田撮影
高いところは足が震えてもういやなので、帰路は広場を通りました

 蓮池さんは、「これは酷すぎますね、逃げられるわけ無いでしょう」と開いた口が塞がらない様子。  はい、私は車と徒歩で調べ回りましたが、とんでもない崖のうえにある家に細い歩道しかない小集落などが多数あり、東西を結ぶ道路も海岸道路はとても細く、山頂道路(国道197号線)までの標高差は100~200mはザラです。逆に名取のように断崖の上にある集落も多数あります。実効性のある避難計画策定はきわめて困難ですし、ものすごいお金がかかります。  佐田岬半島には、標高10m前後に集落がある場合や、名取のように標高100m以上に集落がある場合に分かれており、それぞれに条件が異なりますが、陸路を三崎港に向かう場合は国道197号線まで細い取り付け道路を150mほど登ったり、集落から197号線までの道路が崩れやすかったりとそれぞれ固有の悪条件があります。現時点では、それが未解決の集落が殆どと言うほかありません。  さて一行は、夕闇迫る中、コンクリートで封鎖された旧名取トンネルから引き返し、「へこみデミオ」で三崎港へと急ぎました。
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多重防護原則を無視した世耕経産相発言
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