「民主政治が驚くほどの速さで後退している気がしています」―岐路を迎える香港の「高度な自治」

人工島の造成計画、中国との高速鉄道の開通

 中国の影響力拡大は、政治だけではなく経済の分野でも続いている。  香港政府は今年3月、ランタオ島の東の海域約1000ヘクタールに人工島を建設し、「東部ランタオ大都市圏(East Lantau Metropolis)」として整備する計画を発表した。着工は2025年、最初の移住は2032年に始まる予定で、完成すれば世界最大規模の人工島となる。  政府は、急増する住宅需要を軽減し、中核的ビジネス地区を創造することが狙いと説明しており、建設費は約8兆8000億円に上る。土地の売却によって13兆4000億〜15兆8000億円の収入を得られ「コストは補填される」と強調するが、巨額の公金投入や環境への影響を懸念する声が高まっている。  また市民や地元メディアは、このプロジェクトにも中国本土の影響が見られるとして警戒を強めている。  というのも、今年2月に中国・深セン当局が、公式ウェブサイトの投稿の中で、ELMへの高速鉄道を開通させる計画を発表したからだ。  中国政府は現在、広東や香港、マカオなどの都市を1つの巨大ベイエリアとする「粤港澳大湾区(Guangdong-Hong Kong-Macau Greater Bay Area)」の整備を進めているが、この2つの計画もその一環と見られている。これらは、まるで香港政府と中国政府が足並みを揃えるかのように同じタイミングで発表された。

広がる失望

 雨傘運動の終焉から、犯罪人引き渡し条例、人工島への高速鉄道開通ーー。香港の「高度な自治」の継続を願う人々にとって、これらのニュースは、権力がいかに強大で変化をもたらすのが難しいかを知らしめるものだ。  だが活動家や市民グループにとって何より恐れるべき事態は、これまでの大規模な抗議活動をもってしても当局の態度が変わらなかったことによって、市民の間に政治への無関心や無力感が広がってしまうことだろう。  雨傘運動で、路上の人々に食事を届ける組織を指揮していたレオ・タンさんは、運動以後の社会の空気の変化を確かに感じるという。 「雨傘運動の”失敗”と、メンバーの投獄によって、市民はひどく失望しています。彼らが政治に関心をなくしたわけではありませんが、何も希望を見出せていないような雰囲気です」  雨傘運動後の2016年の議員選挙では民主派勢力の善戦も目立ったが、その後の就任宣誓で中国を侮辱したなどとして6人が議員資格を剥奪され、現在も親中派が議会の過半数を占めている。  タンさんは語る。「現在の香港は、1997年の返還以来、最悪の政治状況に直面しています。中国政府は権力を中央集権化し、中国全土の宗教や少数民族などあらゆるものに不寛容で強権的な態度をとり続けています」
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アジアの市民社会の『ハブ』であり続けること
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