「民主政治が驚くほどの速さで後退している気がしています」―岐路を迎える香港の「高度な自治」

 香港の民主派の頭上に、分厚い暗雲が垂れ込めている。  2014年の民主化要求デモ「雨傘運動」をめぐり、香港の裁判所が今年4月、デモの発起人らに有罪判決を下した。世界が注目した市民運動の中心人物らの有罪が確定したことに加え、同時期には、逃亡犯の中国本土への犯罪人身柄引き渡しを可能にする条例改正案が政府から提出されるなど、中国の影響力拡大をうかがわせる動きが続いており、市民の間では、1国2制度に基づく「高度な自治」の後退を懸念する声が上がっている。

雨傘運動は「甘い」

 裁判所は4月、社会学者のチャン・キン・マン教授と法学者のベニー・タイ教授ら4人に対し、公衆妨害共謀の罪で最長禁錮16ヶ月の実刑判決を言い渡した。  4人は、香港の行政長官選挙で、民主派の立候補者があらかじめ中国政府によって排除されているとして反発。民主的選挙を求め大規模なデモを提唱し、学生たちによる抗議活動と合流した。多数の市民が79日間にわたり香港中心部を占拠した抗議活動は、「雨傘運動」と呼ばれた。  判決では、両教授が運動で主導的役割を果たし、公共の場を不当に占拠したと非難。雨傘運動が、普通選挙の導入を求めて「一夜にして政府から譲歩を引き出そうとするのは甘い(naive)」と切り捨て、「政府が前向きな姿勢を示せば、すぐに何万人もの人々が抗議を止めるという主張も甘い」と断じた。  中国からの政治的圧力に抗おうとした人々に対し、香港司法が残酷な判決を下したことで、市民の間では改めて政府への不信が生まれている。  雨傘運動に参加したステラ・ツイさんは、判決に対し「バカバカしい」と怒りをあらわにし、「人々は、政治改革に対する政府の後ろ向きな態度や、学生に対する警察の暴力的排除に抗議するために路上に繰り出しただけなのです」と語る。  有罪判決は多くの香港人にとって予想がついていたものだったが、市民運動を鼻で笑ったような判決は人々の怒りを買った。  ツイさんは「裁判所が言うように、雨傘運動の考えが甘いとしても、それは有罪の理由とは関係がないはずです。当局は、有罪判決を受けた人々が抗議活動を扇動したと主張していますが、抗議活動を起こすきっかけを作ったのは当局です」と語気を強める。

波紋を呼ぶ犯罪人引き渡し条例の改正案

 高まる中国への反発や香港政府への不信感にも関わらず、両者の接近は続いている。  その一つが、犯罪人引き渡し条例の改正案についてだ。  台湾で昨年、香港の男性がガールフレンドを殺害した事件が発生した。だが男性は逮捕前に香港に帰国し、台湾当局に起訴されることはなかった。香港政府との間で、身柄引き渡しに関する協定が結ばれていないため、引き渡しが行われなかったのだ。  これをきっかけに香港政府は、犯罪人の引き渡しに関する条例を変えようとしている。現在香港は、20の国と引き渡し条例を結んでいるが、修正案ではそれ以外のあらゆる地域からの引き渡し要求があれば応えるとしている。  ツイさんはこの修正案について、「有罪判決よりも大きな懸念を抱いている」という。  案が可決されれば、ジャーナリストや弁護士だけでなく、一般の外国人ビジネスマンも、中国からの要求があれば身柄が渡されることになる。香港は外国企業が多数進出する世界屈指の金融街なだけに、香港のジャーナリスト協会が「もし施行されれば、香港における発言の自由に対する大打撃になる」と懸念を表明するなど、大きな波紋を呼んでいる。  ツイさんは、「中国があなたに対して何かしらの罪を着せてしまえば、あなたは本土に連行され、裁判にかけられるしかなくなります」と強調。  中国政府批判で知られる芸術家アイ・ウェイウェイがこれまで脱税や公然わいせつなど様々な容疑で当局に繰り返し拘束・軟禁されていることに例に挙げ、「中国の法体系は全く信じられません。彼らは、どんな罪なのか説明することなく人々を拘束し、拷問するのです」と不信感を表す。 「私は、香港の民主政治が驚くほどの速さで後退している気がしています」
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拡大する中国の影響力の中で……
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